マロングラッセと遠距離恋愛
『リア充爆発しろ』、という言葉は『バカップル爆発しろ』という風に言い換えた方が良いと俺は思う。
リア充というのは前世で調べた限りだと、ブログやSNSなどを通した関係ではなく、実社会における人間関係や趣味活動を楽しんでいる人を指す言葉らしい。つまり趣味が充実している所謂オタクのような奴もリア充に含まれるのではないかと俺は思う訳だ。
ところが、『リア充爆発しろ』というのは主に恋愛方面で充実しているリア充の事を指すものだからややこしくなる。人目もはばからずイチャイチャしているカップルのようなリア充に対して思う『リア充爆発しろ』は嫉妬や羨望も込められているというが、単純にバカップルを見ていてイライラするだけなんじゃないかな。
…んで?結局俺がなんでこんな話をし始めたかって?
お察しの方もいるかもしれないが、今日はあるリア充についての話だからさ。
=================================
エルビス・カウリーとキャサリン・スパイアは誰もが認めるバカップルだ。
「ああ、エルビス…貴方はどうしてエルビスなの?」
「キャサリン…ああ、愛しのキャサリン…僕は君を絶対に離さないよ」
「私もよ…貴方を絶対に離さないわエルビス…」
「キャサリン…こうして僕たちが出会えたのもきっと天の恵みだよ…」
彼らは毎回喫茶同好会にやってきてはこうしてイチャイチャしまくるのが日課だ。月水金の営業日に毎度毎度来てくれるのは経営者としては嬉しいけど、眼前でこうもイチャイチャされると何だかこそばゆくなるモノを感じる。
「マスター…紅茶を一杯くれないか。僕らと同じくらい熱々の紅茶をね」
「私からもお願いするわ…私たちに負けないくらい熱い紅茶をお願い…」
「あ、アハハ…そんじゃ入れたてを用意させてもらいますよ」
俺はそう言って紅茶を入れ始めた。いつもこんな具合だから、聞かされているこっちとしては調子が狂っちまう。おまけに彼らは人目についていようがいまいが、自分たち以外に客がいようが所かまわずいちゃつくので、周りからはかなり白い目で見られている。
今日なんてレイバンとブルーノー、そしてなんとデズモンド公爵令嬢がいるにも関わらずである。
「おい見ろよレイバン…あのバカップルぶりを」
「ああ…まったく。僕が風紀委員だったら不純異性交遊でしょっぴいてやるのに…」
「ったく…レイバン、口開けろよ。はいあ~ん♪」
「あ~ん♪」
俺から言わせればアンタらもどっこいどっこいだよ。俺は心の中でそう突っ込んだ。
対してデズモンド公爵令嬢は相変わらず気にする素振りも見せない。表情筋一つ動かさずに俺が入れた紅茶を飲んでいる。
「…マスター、紅茶のおかわりもらえるかしら」
「あい、かしこまりました」
俺はティーポットを持っていって彼女のティーカップに紅茶を注いだ。
…しかしデズモンド公爵令嬢、最近は随分と長居してるな。おかわりの紅茶も三杯目に突入するのが当たり前になりつつある。よっぽど俺の紅茶が気に入ってくれたんだろうか(さすがにそれはないか)。それともやっぱりウィリアム第二皇太子殿下と上手くいってないからとか…?
(まぁ…俺にどうこう出来る話じゃないか)
俺はデズモンド公爵令嬢に色々と聞きたい気持ちをぐっと抑えて厨房に戻った。
その時ちょうどエルビスとキャサリンの紅茶が入れ終わったところだったので、俺はお盆にポットとカップを二つ乗せて二人の元に行った。
「ああ…エルビス」
「キャサリン…」
「あのう…紅茶が入ったんですけど」
「愛しているよ…キャサリン」
「私もよエルビス…世界で一番貴方を愛しているわ」
「…もしもーし」
「私たちはもう決して離れないわ…」
「そうとも僕らは愛し合っているんだから」
「「ね~♪」」
「あの…紅茶冷めるんだけど」
俺が何度も声をかけても二人は俺に気付かず相変わらずイチャイチャしていた。俺は邪魔するのも何だか馬鹿らしく思い始め、そっとテーブルに紅茶を注いだカップを二つ置いて静かにその場を去った。
「レイバン…俺達だって負けられないよなぁ」
「そうともブルーノー…僕らの絆は誰にも負けないよ」
「エルビス…貴方の髪は天使のように輝いてるわ」
「キャサリン…君の瞳は星空のようだ」
店内は俺とデズモンド公爵令嬢以外、バカップルたちによって埋め尽くされていた。デズモンド公爵令嬢は変わらず静かに紅茶をすすっていたが、俺はと言うと気恥ずかしさからこう思っていた。
(バカップル…爆発しろ!)
かつての俺もジェームズといる時はあんな感じだったのかな。俺は人前であんな風にいちゃつけなかったけどさ。
そんなエルビスとキャサリンの関係に転機が訪れたのは、段々と肌寒い季節に入りかけ、栗が実り始めた日の事だった。
エルビスがガアールベール学園とは別の、遠くの学院に留学することになった。キャサリンはガアールベール学園に残るので、実質二人は離れ離れになることになった。
二人は結構悲しんでたよ。それも毎度のごとく人目もはばからずベンチに座って抱き合っていたのを俺は学園で何度も見た。もちろん、喫茶同好会にやってきても同じ事だった。
「グスッ…エルビスぅ…貴方と離れるなんて考えられないわ」
「僕もだよキャサリン…君と一緒にいた時間を僕は忘れる事が出来ないよ」
「…」
二人はここに来てかれこれ三時間はああしている。よっぽど別れるのが惜しいのだろう。普段ならイライラしながら聞いている俺も今日は二人の様子を見ていて、かつての自分を思い返していた。
『ねぇ!危ないってジェームズ!降りてこいよ!』
『ヘーキヘーキ!この木だって何度も登ったんだ!これくらい朝飯前だよ!』
『そんな事言って前落ちたじゃねーかよ!だから良いから!ジェームズが怪我するくらいならそんな実…!』
『あっ…!』
『きゃあああああああああ!』
…まぁあの時は軽い怪我で済んだけど。どっちも親に死ぬほど怒られたっけ。
言い出したら聞かない人だったからなぁジェームズは。
「僕はあっちに行ってもキャサリンの事を忘れないよ…だからキャサリンも僕のことを忘れないでね!」
「もちろんよエルビス!貴方の事なんか絶対に…絶対に忘れるものですか!」
そう言って二人は感動的なキスをした。俺も思わずほろりとしちゃったね。
後日、エルビスが留学しに行った後キャサリンが一人で喫茶同好会に入ってきた。
「え?マロングラッセの作り方を教えてくれ?」
「ええ、マスターならたまに作ってますから知ってますでしょう?」
曰く、遠くに行ったエルビスに気持ちを込めたプレゼントをしたいらしく、遠くに送っても保存が効き、かつ『永遠の愛』という熱い意味があるマロングラッセを選んだらしい。ちなみにチョコレートは『貴方と同じ気持ち』、キャンディーは『貴方が好き』、クッキーは『友達でいよう』という意味があるそうだ。
「良いけど…どうして俺なの?マロングラッセならお菓子屋さんか、それこそオタクのメイドにでも教えてもらえば良いじゃない」
「だって…エルビスってばマスターの作るマロングラッセ大好きなんですもの。妬いちゃいますけど」
「それはそれは…」
俺は少し困ってしまった。
「でも…マロングラッセって作るのに四日かかるよ…それでも良いかい?」
「そ、そうなんですの!?」
そう、マロングラッセは作るのに滅茶苦茶時間がかかる食べ物なのだ。栗自体固くて味が染み込むのに時間がかかるからかもしれない。だから、作り方は知っているけど俺はたまにしか作らない。美味しいんだけどね。俺がそう言うと、キャサリンはしばらくの間悩んでいたが、
「それでも…私作りますわ!きっと私の『永遠の愛』を試しているってことですもの!」
と覚悟を決めたかのようにいった。
「分かった…じゃあ俺も協力するから頑張っていこう!」
こうして俺達二人は協力してエルビスに送るための、マロングラッセを作り始める事にした。
一日目。
まず栗をぬるま湯に漬けて剝きやすくしてから、栗を剥く。これが一番大変な作業だったが、キャサリンは文句言わずに一つ一つ丁寧に剝いていた。次に串を使って渋皮を剥いたら、栗を大量の水と砂糖と一緒に鍋に入れて沸騰したら弱火で煮る。ある程度煮たら火を止めて蓋をしたまま一晩置いておく。
一日目終了。
二日目。
その日はキャサリンは来なかった。何かあったのかなと思いつつ、俺はマロングラッセを作り続けた。再び砂糖を大量に投入して、またまたある程度煮たら火を止めて蓋をしたまま一晩置いておく。
二日目終了。
三日目。
キャサリンはやってきた。やってはきたのだが…。
「あの…その方は弟さんですか?」
「え?ううん、彼氏」
「か、か、か、か、か、か、カレスィィィィィィ!?」
一人ではやってこなかった。なんと新しい彼氏と腕を組みながらやってきたのだ。
「え、あ、あのエルビスとは別れたんですか?」
「シーッ!
「あ…ああ…あああ…ああそう、ですか…」
俺は呆れてものも言えなかった。
「えと、マロングラッセは作るの辞めます?」
「まさか!作ってよマスター!私からの『永遠の愛』を送るんだから」
「おいおい、俺には何を送ってくれるんだよ」
「貴方には『安らぎの愛』を送るわダーリン♪」
ピクピクとまぶたが震えるのが分かる。俺は馬鹿馬鹿しくなりながらもマロングラッセの続きを作り始めた。再び砂糖を大量に投入して、またまたある程度煮たらブランデーを加えて冷めるまで置いておく。次に栗だけ取り出し砂糖汁を煮詰めて、香りづけにブランデーを足したら栗を再度投入して一晩漬けておく。
三日目終了。
四日目。
マロングラッセをエルビスに送り届ける日だ。キャサリンは新しい彼氏とイチャコラしているのか来なかった。人に作らせといてなんてやつだ。
とにかく、文句を言っていても仕方がない。マロングラッセを完成させよう。と言っても干して乾燥させるだけだ。煮た栗を網の上に置いて乾かしたらマロングラッセの出来上がり。
「ふぅー!!」
完成したマロングラッセを見て俺は一息ついた所で喫茶同好会の扉が開き、キャサリンが入ってきた。
「ごめんなさーい!待ちましたぁ?」
「あのねぇ…人に作らせといて、『永遠の愛』はどうしたんです『永遠の愛』は」
「あ!もう出来てますのね!一つ頂いても?」
「聞けよ」
俺がマロングラッセを箱詰めしているのを見て、キャサリンは俺が何か言う前にひょいとマロングラッセを口の中に放り込んだ。
「ん~!美味しい~!やっぱりマスターの作るマロングラッセは最高ですわね!エルビスが惚れるのも納得できますわ!」
「なんだろう…褒められているのにまったく嬉しくない」
俺がそう言うとキャサリンは、
「もう!マスターってばお客のプライバシー気にし過ぎよ!」
と言った。
「しかし、エルビスがね…」
「エルビスエルビスって…
俺にはその感覚一生かかっても理解できないわー…。
「まぁ良いよ…確かにお客のプライバシーに深入りしちゃ駄目だしね」
「そういう事ですわ♪」
納得したような俺の様子を見てキャサリンは嬉しそうにマロングラッセの入った箱を抱えると、お代を払って喫茶同好会を出ていった。
「大丈夫かねぇ…あの二人」
俺は啞然としながらその後ろ姿を見送っていった。
しばらくして、エルビスの留学が終わり、彼がガアールベール学園に帰ってきた。
「ああ!エルビス!この時を待ちわびていたわ!」
「キャサリン!ああ、僕もこの時を今か今かと待っていたよ!」
エルビスと再会したキャサリンは大喜びしていたが、事情を知る人間からすれば白々しく見えたに違いない。結局、キャサリンと新しい彼氏とはエルビスが帰ってくるまでの関係だったらしく、あれ以来二人が会っている所を見かけたことはなかった。
「キャサリン…マロングラッセありがとう!とっても美味しかったよ!」
「まぁエルビス…そう言ってくれて嬉しいわ。私が心を込めて作ったの!」
けっよく言うぜ。栗の皮むきしかしてないくせに。二人はそれから学園の中庭のど真ん中で抱きしめ合っていた。俺からしたら馬鹿馬鹿しくて見る気も失せたね。
その日の営業日の事だった。エルビスが一人で喫茶同好会に入ってきた。
「あれ?キャサリンはどうしたの?」
俺がそう聞くとエルビスは肩をすくめた後、衝撃的な事を言い放った。
「いや何、キャサリンは用事があってすぐ帰るってさ。大方浮気相手の所じゃないかな」
「おおう!?」
俺は『エルビス、お前知ってたんかい』みたいな顔をしていたらしく、エルビスが苦笑した。
「ハハハ、前から知ってましたよ。彼女が何か作りたいとか言い出した時は大抵ほかの男にも気がある時ですから」
「え、えええ…」
エルビスは紅茶を一口飲んだ。
「彼女はとっても寂しがり屋なんです。誰かの温もりがないとやっていけない、そんな女性なんです。そこがまた愛おしいんですけどね」
「…」
エルビスのその台詞には少しだけ共感した。俺もジェームズが家に帰った時は寂しくて寂しくて夜も眠れなかった。しかし、だからってほかの男に逃げるかね…。
「しょうがありませんよ。僕だって四六時中彼女の側にいれるわけじゃありませんから。それに────」
エルビスはニヤリと笑った。
「────僕もふつーに向こうで浮気してましたから人の事言えませんよ!アーッハッハッハッハッハッ!!!」
「…」
前言撤回。やっぱり共感できない。
それから?
結局、二人は別れる事なく上手く続いているみたいだよ。いつものバカップルっぷりを見せつけているけどね。
「ああ、エルビス…貴方はどうしてエルビスなの」
「キャサリン…おお愛しのキャサリン…」
ちなみに二人は相も変わらず浮気し合っているらしい。エルビスが帰ってきてからもお互いに違う異性と腕を組みながら歩いている所を目撃されている。
近いうちに別れるかもしれないね、と二人を見たものは口をそろえて言うんだ。
「なぁ愛しのキャサリン」
「なぁに愛しのエルビス」
「一日だけ漬け込んだマロングラッセよりも、時間を置いて漬け込んだマロングラッセの方が美味しくなるって本当なんだね」
「まぁエルビスったら…」
(けっ馬鹿馬鹿しい)
ただまぁ…案外ああいうタイプの方が長続きするのかなぁ、と俺は思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます