お茶くみ令嬢の大失態

「あいつさ…絶対脈ありだと思うんだ」


「あいつ?」


 俺が厨房でカップを拭いていた時、紅茶を飲んでいたバーネット・カザンが唐突にそう言った事が今回の騒動の発端だった。俺ははてなと首を傾げた。


「ヒメナ・ボストウィックの事さ。俺の幼馴染の女学生なんだけど、マスター知らない?」


「いやぁ…女学生全員知っているわけじゃないからなぁ」


 俺も女性とはいえこの世に存在する女性全て知っているわけじゃないんだぞ。

 そう思いながらバーネットの話を聞くと、彼には同い年で小さい頃からの付き合いであるヒメナという女学生がガアールベール学園に通っているらしい。

 仲は結構良いらしく、会えば今日あった出来事とか気軽に話すし、旅行とかも一緒に行くこともあった。それに頻繫にお互いの部屋に招き入れたりした事も、一緒に家を抜け出して城下町に買い物に出かけた事もあったらしい。


「へぇ…結構仲良いんだねぇ」


「でしょ?男の部屋に乙女が一人で来るってことは脈ありって信じていいんじゃないですか?」


「ええ?そうかなぁ」


 自信満々にそう言うバーネットに対して、俺は何処か懐疑的だった。


「ただの友人関係として見られているって事はない?いち女として言わせてもらうけど、部屋に行っただけで脈ありとは限らないよ?女性同士でお互いの部屋を訪れるって事も結構ある事だし」


「そっか…そういうものか」


 下を向いて俯くバーネットに俺は更に行った。


「大体、お前さんの気持ちはどうなんだい?お前さんはヒメナ・ボストウィックを愛しているの?」


「あいしっ────」


 俺がそう言うと、バーネットは言葉に詰まった。

 貴族のいち令嬢としては恋愛に対する理想が高いと思われるかもしれないが、政略結婚でもない限り男女が付き合う以上その関係は愛し合ったものであるべきだと個人的に思う。生半可に、脈ありだと思うだけでは付き合う動機としては薄い。…こう考えてしまうのもジェームズのせいだろうか。


「愛している…んだと思います。俺はヒメナの事を異性として好きだと言う事は間違いなく言えます」


「本当に?」


「ほ、本当ですよ!アイツと手をつなぐ事が結構あるんですけど、手と手が繋がっている時ドキドキが止まらないし、ヒメナが俺に近づいて来た時に香ってくる香水の匂いがこれまた甘くて切なくて、友達というよりも…その異性として意識せざるを得なくて…」


 またバーネット曰く、彼女と文通している時も心が満たされるような感覚を覚えているらしく、気付けば返事が来るまでずっと彼女の事を意識しているそうだ。


「ふーん、確かにヒメナ嬢の事愛しているんだね」


「は、はい!」


 甘酸っぱい、初々しいとはこの事を言うのかもしれない。ジェームズもそうだったなぁ。

 いつだったか雨上がりの花畑に入って、泥だらけになりながらも何かを集めていた時があった。彼の後を追いかけて来てみれば、俺の好きな花を集めて慣れない手付きで作った花冠をプレゼントしてくれた事があった。あの時のジェームズも初々しかったなぁ。

 気付けば俺はフフフ、と笑っていた。


「良いよ応援したげる。俺に出来る事なら何でも言ってよ」


「本当ですか!ありがとうございます!じゃあ早速なんですけど────」


 告白を手伝ってください!

 バーネットは決心したかのようにそう言った。




「こんにちは~!お茶くみ令嬢さん!」


「はいこんにちは」


 やってきたヒメナは入店するなり手を振りながら、俺を愛称で呼んでくれた。彼女はバーネットに比べて身長が高く、俺が抱いた印象は男女というよりも姉弟というのが強かった。

 俺はボストウィック家に喫茶同好会の代表として特製ケーキを用意してヒメナを招待する手紙を送り、その席にバーネットも出席する事を伝えていた。向こうもバーネットの存在を知ると喜んでヒメナを向かわせる事を約束してくれた。


「バーネットが美味しいお茶を出してくれるって言うんで来て見たんです!噂には聞いてましたけどいい雰囲気の喫茶店ですね!」


「アハハ、気に入ってくれて嬉しいですよ」


「…」


 そう言いつつバーネットを横目で見ると、彼は俺とヒメナが会話しているのを黙って聞いていた。服装は以前来ていた時よりもバリっとしていて気合が入っている。緊張しているのか、何処か呼吸が荒そうだ。


「それにしてもバーネットったらこの店来てたのね~。隠れた名店発見ってヤツ?」


「ま、まぁな。ここの紅茶は本当に美味しいんだ」


 たどたどしく答えるバーネットを微笑みながら見つつ、俺は慣れた手つきで二人分の紅茶を入れ始めた。紅茶の香りが喫茶同好会内に充満してきたとき、ヒメナが気が付いた。


「あれ?もしかして今入れているのってサバルスンですか?」


「鼻がききますね。そうですよ」


 俺が今入れている紅茶はサバルスンという銘柄のお茶だ。恋人同士で飲む事が多く、二人の仲がこれからも続いていく事を祈った俺からのおまじないだ。


「ど、どうしたんですサバルスンなんて。恋人同士で飲むものですよ」


 ヒメナが少し顔を赤くしながら聞いてきた時だった。バーネットが俯いていた顔を上げて言った。


「な、なぁヒメナ大事な話があるんだ」


「…どうしたの?バーネット」


 ヒメナが上目遣いで聞き返すと、バーネットは覚悟を決めたかのようにゴクリと生唾を飲み込んだ。俺はヒメナに気づかれないようにソロソロと厨房に引っ込み、用意していたお祝いのケーキを皿に乗せてスタンバイしていた。

 用意したのはクモ苺のショートケーキ。普通のストロベリーは手に入らなかったが、女性にも人気があるクモ苺を用意できたのは幸運だった。ケーキにもお祝いの言葉をあしらった蠟燭も刺していた。


 俺はバーネットが告白できるように厨房に隠れながらエールを送っていた。


「その…前からずっと思っていたことなんだけど」


「う、うん」


 頑張れ!バーネット!応援してるぞ!

 俺はバーネットに目で合図を送っていた。


「お前といると何だかホッとして、安心して、これからもずっと一緒にいたいって思えるようになってるんだ」


「…私もよ。バーネットといると安心するわ」


 よしよしその調子だ、雰囲気は掴めているぞ。後は告白するだけだ。「俺と付き合ってくれ」ってな。


「だから、お…」


 いけ!頑張れ!「俺と付き合ってくれ」だ!頑張れバーネット!


「お…」


 祝福のケーキの準備は出来てるぞ!頑張れ!「俺と付き合ってくれ」って言うんだ!


「お…お…お…!」


 頑張れ!
































「────?」























 …



 …



 ……え



 ……まえ



 ………お前!




 お前お前お前…!





 お前お前お前お前お前お前お前お前お前…!!!!!!!!!!!!!




「馬鹿野郎ぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」




「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」



 俺が腹の底から叫ぶのと、ヒメナが泣き出したのはほぼ同時だった。何が起こっているのか分からないバーネットに俺は渾身の力を込めて平手打ちをした。


 最低────、という言葉では物足りないほど最悪の発言だった。



 そこからの事はもうバーネットにとっては当然の、貴族社会に属している俺には厳しい結果が待ち受けていた。

 号泣するヒメナを何とか慰めて家に送り届けた後、俺とバーネットは、特にバーネットは教諭陣から大目玉を喰らった。

 バーネットはしばらくの間停学処分になり、俺は暴力に加えて今回の最低すぎる告白に加担したと見なされて数百枚に渡る反省のレポートを書かされる羽目になった(提出するまで営業禁止の処分も受けた)。


 更に激怒したのはボストウィック家だった。バーネット含むカザン家の人間はボストウィック家出入り禁止、バーネットは学園でもヒメナに接触禁止を告げるなど実質上の絶縁宣言となった。


 喫茶同好会代表の俺はと言うと、怒り狂うボストウィック家に単身で最高級の菓子折りを持って誠心誠意を込めた謝罪に行き、何とか許してもらえた。

 俺はただ応援だけしていて、バーネットに巻き込まれただけだとしても、今回の件は下手したら喫茶同好会を支援しているデズモンド公爵令嬢も巻き込みかねないほどの大失態だった。


 それからしばらくの間、俺は周囲の冷たい目線に耐えなければならなかった。客足は遠のいていったし、嫌がらせの手紙も何通か届けられた。

 スケフィントン侯爵令嬢は会えば軽蔑する目でこちらを見るし、デズモンド公爵令嬢からは『喫茶同好会の名誉が回復するまでは近づかない。今後の支援も考えさせてもらう』という厳しい手紙を頂いた。迂闊な応援をしてしまった事で、踏んだり蹴ったりの俺はもう心が折れそうだった。



 当のヒメナが俺をかばってくれて、教諭陣やデズモンド公爵令嬢含む周囲の人間に事情を説明するなどして名誉を回復するのを手伝ってくれなきゃ、俺はもう喫茶同好会を閉店する所だった。


 またヒメナはあんな事があった後でも俺の名誉回復のために、喫茶同好会に来てくれたのだった。彼女にはもう頭が上がらないだろうな。


 ヒメナが喫茶同好会に来てくれた日、俺は特製のデザートを奢って再び謝った。


「本当にごめんなさい…まさかあんな事言うなんて」


貴女マスターは良いんです。貴女が謝るような事はしてませんし」


 それよりもバーネットですよ、とヒメナは失望したように言った。


「私、バーネットの事は何でも話せる良い友達、あるいは可愛い弟のように考えていたんです。ぬいぐるみみたいに可愛くて親しく接してきたつもりだったのに…あんな男の性を丸出しにしてきた事に何というか…生理的嫌悪が出てきちゃって…」


 ヒメナの言葉に俺はある造語を思い出していた。


 その名も『ぬいぐるみペ○スショック』。


 女性がそれまで恋愛対象として見ていなかった男性の友達に告白された時に抱く生理的嫌悪を端的に表した言葉だそうだ。女性からすれば、まるで「人畜無害のぬいぐるみに男のが生えてきた」かのような現象であるため、そのように名付けられたらしい。

 前世が男だった俺からすればぬいぐるみ扱いされる事に不快感を覚えたかもしれないが、女性に転生した今では女性の気持ちも分からないではない。一方にとっては友達の関係だったとしても、もう一方にとってはそうではなかったなんて事は往々にしてあるのだ。


「まぁそれはそれとしてあの告白は最低過ぎましたよ」


 俺はそう言った。少なくとも、あんな告白にOKする女性はいないに等しい。もし俺が男に転生したとしても同じ事を思うだろう。


「フフフ、そうですね」


 ヒメナは苦笑した。その眼には疲れが溜まっていた。


「結局のところ、男は何処まで行っても男で、女は何処まで行っても女。そこに友情が産まれる事はないのかしら…」


 ヒメナがそう言うと、俺達はカウンター越しに座りながらう~んと頭を悩ませた。

 悩む乙女たちの間にはカチコチと壁掛け時計の音だけが通り過ぎて行った。


 こんな一件があって以降、俺は喫茶同好会でプロポーズの類を手伝うのを止めた。やるとしても喫茶同好会は一切関与しない事を言う事にした。それからヒメナの尽力もあって、徐々に徐々に喫茶同好会にも客が戻ってくるようになった。

 バーネットは相変わらず白い目で見られているが、俺に対する世間の目は巻き込まれた第三者という風に落ち着き、ローザやギャレット様のように同情してくれる人も増えてくれた。スケフィントン侯爵令嬢も風景画を見に戻ってくれたし、デズモンド公爵令嬢も支援を再開してくれたおかげで営業日数を減らすことは避けられた。


 ただこの一件は後々にまで伝えられる『お茶くみ令嬢の大失態』として語り継がれる事になってしまい、俺はこの失態から挽回するのに偉い苦労する事になるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る