生徒会長(第一皇太子)に許可を取りに行くようです
「それで…?何の用だ、
ニューウェル侯爵子息に連れられて、生徒会長の机の前に通された俺にかけられたアルベルト第一皇太子殿下の第一声には、令嬢すら付けられなかった。
『久しいな、コルネリア・ローリング。喫茶同好会の経営は順調か?』
『まぁまぁボチボチです』
『『ハハハハハ!』』
とか言う会話を僅かながらに期待していた俺をぶん殴りたくなった。元々無駄な話が好きではない人だということは以前から知っていたので、さっそく本題に入ることにした。
「…入部届を提出しに参りました」
「…」
俺がそう言うと、生徒会長の椅子に座るアルベルト第一皇太子殿下は軽蔑したような視線を送ってきた。
「ほう…貴様、今やってる喫茶同好会の他にも新たに
俺が喫茶同好会を開いた経緯を知っているアルベルト殿下に嫌味を言われている事はすぐに分かった。俺が無駄なことが大嫌いな事を分かってて言っているんだろうな、と声のトーンで言っている事は明白だった。
俺は一度、深く深呼吸をするとゆっくりと続きを喋った。
「あの…俺の…いや私のじゃなくて、デズモンド公爵令嬢のです」
「…」
アルベルト第一皇太子殿下の眉がピクリと動いたのが分かった。
「…何故貴様が彼女の入部届を持っている」
アルベルト第一皇太子殿下の様子が変わった。その声には返答次第ではただではすまさんというオーラを纏っていた。デズモンド公爵令嬢の事を彼女呼びした事に俺は「うん?」と思いながらも、その強い怒りを帯びた殺気に当てられ、恐る恐る続きを話した。
「デズモンド様が…私の喫茶同好会に入部するそうで、こちらに入部届を書いて頂いたんです」
「許さん」
即答だった。
傍で俺達を眺めているニューウェル侯爵子息に至っては、「予想通り面白いものが見れたなぁ~♪」と笑いを懸命にこらえている様子だった(ぶっとばしてやろうか、テメェ)。
「貴様も分かっているだろうな、今クリスティナを、いやデズモンド公爵令嬢を取り巻いている環境を。何処の馬の骨とも分からん娘に嫌がらせをしていると証拠もなしに後ろ指を差されて、婚約を結んでいる愚弟には退学しろと迫られている」
そんな中で貴様のくだらんお茶くみごっこに彼女を付き合わせるだと?
ボロクソに言われ心に傷を負いながらも、随分とデズモンド公爵令嬢の肩を持つな、と俺は思った。名前呼びまでしていると言う事は少なからず彼女と親交があったのだろうか。
ぼんやりとそんな事を考えている俺をアルベルト第一皇太子殿下はギロリと睨んだ。
「…どのような手を使って彼女をたぶらかしたのか分からんが、大方デズモンド公爵家とパイプでも作りたかったのだろう。彼女の名誉のため貴様の同好会に入部するなど、彼女がお茶くみ令嬢と呼ばれるなど、絶対に看過できん」
そう言うと、アルベルト第一皇太子殿下は俺が何か言うよりも早く、机の上に置かれた入部届をおもむろに破こうとした。その時だった。
「スト~ップ!殿下」
傍でニマニマと笑っていたニューウェル侯爵子息が待ったをかけた。先ほど俺から入部届を奪った時と同じように素早い動きで、パッとアルベルト第一皇太子殿下の手からデズモンド公爵令嬢の名前が書かれた入部届を取り上げた。
「何の真似だ…ニューウェル」
「殿下ってば、いくらデズモンド様が心配だからってやりすぎですよ~まだお茶くみさんの話、最後まで話聞いてないでしょ~?」
そう言ってニューウェル侯爵子息はヘラヘラと笑いながら、入部届を立ち上がったアルベルト第一皇太子殿下の手元から離した。親しい間柄らしいニューウェル侯爵子息に、デズモンド公爵令嬢を出されたアルベルト第一皇太子殿下は忌々しそうに席に着いた。
それを見たニューウェル侯爵子息は笑顔を浮かべつつも、真剣な眼差しで俺に聞いた。その目には正直に答えろ、というメッセージが込められていた。
「それで~?これを書いたのは君なの?それともデズモンド公爵令嬢?」
「…デズモンド様です」
アルベルト第一皇太子殿下は再びギロリと俺をにらんだ。
「馬鹿を言うな。彼女が貴様の部活に入りたがる訳なかろう」
「本当です!現にデズモンド家の印章が押されてると思います!」
「…」
「あ、本当だ~」
喫茶同好会に入部してほしいから、公爵家の印章押してくれなんて一伯爵令嬢が言える訳ないでしょうに。
「殿下…これは間違いなくデズモンド家の印章です」
アルベルト第一皇太子殿下とニューウェル侯爵子息と一緒に生徒会室内にいた書記らしき青年が、アルベルト第一皇太子殿下に口添えをした。
「デズモンド家の印章を押していただける程、私は権力を持ち合わせておりませんし、一人で回してきた喫茶同好会にデズモンド様のような高貴な御方を勧誘するような真似は出来ません」
第一、俺が喫茶同好会を立ち上げたのだって、貴族社会の政治関係から半ば逃げるようなものだった。その事は、事の経緯を知っているアルベルト殿下がよく分かっているはずだ。
「この入部届は正真正銘、デズモンド様がご自分の意思でお書きになったものです。殿下の前で誓います」
そこまで言うと、やっと落ち着いて貰えたのかアルベルト第一皇太子殿下は、
「ふむ…」
と言ってやっと溢れ出る怒気を納めてくれた。
「ハァ、では質問を変えるとしよう…何か心当たりや切っ掛けはないか?彼女が、クリスティナが貴様の同好会に入りたがる訳は知らないか」
「そうそう、何か切っ掛けがありそうだよね~」
アルベルト第一皇太子殿下はニューウェル侯爵子息が生徒会長の机の上に置いた入部届を眺めながら聞いた。
そして俺はアルベルト第一皇太子殿下に睨まれながら、ニコニコ笑うニューウェル侯爵子息に見守られながら、事の経緯を報告する事にした。
「詳しい事は何も知りません。ただ今回の件は、デズモンド様が喫茶同好会の営業日数を増やす事を提案なさったのが始まりです。今現在水曜日のみの営業を、月水金に増やして欲しいとの事でして」
そちらの許可も欲しくて参りましたと俺が言うと、二人は少し考えながら
「何度も聞くけど、君自身の提案ではないんだよね~?」
「はい。喫茶同好会の支援をすることに関してデズモンド家の許可は取ってあるそうで、支援するのに部外者じゃ都合が悪いだろうと言う事でこちらの入部届を頂きました次第です」
「なるほど…本命はそっちか。愚弟は最近学園の何処にいてもクリスティナに因縁をつけたがるからな」
アルベルト第一皇太子殿下は聞こえよがしに舌打ちをした。
「愚弟め…クリスティナに余計な事をさせおって」
俺の喫茶同好会に入部するのは余計な事と思ってるんかい。と俺が思っているとアルベルト第一皇太子殿下は深いため息をついた。
「良かろう…お茶くみ。俺は無駄は嫌いだがデズモンド家が支援するというなら、彼女の入部としばらくの営業日数増加を認めよう」
「ありがとうございます…!」
「ただし、ただしだ。絶対にクリスティナにお茶くみはさせるな、良いな」
「勿論です。肝に銘じておきます」
ならよし、レポートは必ず提出するようにと言って書記らしき青年に目配せすると、青年は生徒会室の扉を開けた。立ち去れという事だ。
だが、俺はどうしても気になって口を開いてしまった。
「やっぱり…ウィリアム第二皇太子殿下と共に過ごしたくないから喫茶同好会に来ているのでしょうか」
「────貴様がそれを知ってどうする」
即答すると共に、アルベルト第一皇太子殿下の氷のような眼差しが俺に降り注いだ。
「いえ…どうにも…自分は
「自分の立場をよく分かっているじゃないか。なら、首を突っ込み過ぎない事だな」
アルベルト第一皇太子殿下は「それと今日の事は他言するな」と言ってしっしっと帰るように促し、何も言えない俺は生徒会室を立ち去ろうとした。
その時だった。
「ところで────」
背中を向けている俺にアルベルト第一皇太子殿下の声がかかった。
「貴様の方はどうなんだ。結局傷は癒えたのか」
俺はアルベルト第一皇太子殿下に背中を向けたまま言った。
「…今でも夜眠ったりうたた寝をしていると彼の夢を見ます」
「…」
「忘れよう忘れよう、前を向いて生きていこうと日々過ごしておりますが、出来ません。忘れられません。やっぱり
俺はこの時カルヴァン侯爵令嬢(元侯爵子息)に言っていた事を思い返した。
『時間が全てを解決すると言います。俺もまたいつかは私に戻る日が来るかもしれません────』
時間が全てを解決する。俺はそう信じていた。
だがしかし────、
「私は…いえ
気付けばほろりと一筋の涙が俺の目からこぼれていた。
「そうか」
「では今度こそ…失礼いたします」
「うむ、ご苦労だった」
「元気でね~♪」
ペコリと頭を下げて俺は生徒会室を後にした。はぁ…良かった。無礼だったかもしれないが、殿下たちに泣いている所を見られたくはなかった。俺は涙をぬぐいながら廊下を歩いた。
他言するなとは言われたし勿論そのつもりではあるが、どうしても頭の中で気になってしまっている自分がいた。
やけにクリスティナ、クリスティナと名前呼びでデズモンド公爵令嬢の事を呼ぶこと。
やけにデズモンド公爵令嬢の事を気にかけている事。
これらの事から総合するに……
(もしかして…デズモンド公爵令嬢の周りを取り巻いているのは三角関係じゃなくて、アルベルト殿下も含めた四角関係なのかな…)
ゴシップ新聞記事が出来そうなビッグタイトルが頭の中にでかでかと描かれ始めたが、それを振り切るように、
「…とにかく!これから忙しくなるぞ!」
と言って俺は気合いを入れて喫茶同好会へと戻っていった。
────ちなみに余談なのだが、アルベルト第一皇太子殿下と約束した『デズモンド公爵令嬢にお茶くみさせない』は
それはまだ少し先の話である。
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「噂通り変わったご令嬢でしたね~殿下」
「ああ、貴族の癖に庶民の真似事をするとはプライドも投げ捨てたらしい。あの一件以来気が狂ったのかもしれんな」
「んなまさか~」
「おい、ニューウェル…」
「あの殿下…ずっと前から気になっていたのですが、聞いてもよろしいですか?」
「なんだ」
「ローリング伯爵令嬢が喫茶同好会を始めるきっかけになった一件って何なのですか?」
「なんだ生徒会書記の癖に知らんのか。コルネリア・ローリング伯爵令嬢はな────
────婚約者と死別したのだ」
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