元侯爵子息、現侯爵令嬢と女体化現象
「ねぇマスター、いえローリング伯爵令嬢、貴女に聞きたい事があるのだけれど」
デズモンド公爵令嬢がいつものように喫茶同好会で紅茶を飲んでいると、ある時突然口を開いた。
「はい、なんでしょう?」
「あなたって私がいないところでは男みたいな口調で話してるのよね」
「はいまぁそうですが…」
「それはあなたの主義によるものかしら?それともそういう信条があるのかしら」
「いや別にそういう大層なものではありませんよ」
「ではなぜ?」
「…この口調はまぁ趣味みたいなのです」
俺はそう言って誤魔化した。なんせ俺の前世が男だったからなんて信じてもらえるわけないよな。
「そう…」
俺がそう言うとデズモンド公爵令嬢は少し考えた後、顔を上げてこう言った。
「ひとつ聞くけど、私の前でその男口調にならないのは私の爵位が上だからかしら?」
「ハハハ、まぁそうですね。デズモンド様にそんな失礼なことできませんから」
「なら今後はここでは気にしなくていい事にするわ。その方が貴女もやりやすいでしょう?」
意外なことを言われて俺は目を見開いた。
「デズモンド様の前で?男みたいな口調を?具体的には自分の事を俺って話しても良いんですか?」
「構わないわ。何だか人を選ばれてるみたいで心地悪かったし」
ありゃ。
こちらとしては敬意を払ったつもりだったんだけど、向こうからしたら不評だったみたいだ。
しかし、嬉しいこと言ってくれたな。
実を言うと爵位が上のご令嬢に敬意を払うためとは言え、毎度毎度口調を変えるのはちょっと面倒だったんだよなぁ。
「そうですか。あはは、じゃあ遠慮なく俺と呼ばせていただきます」
「そのかわり条件があるわ」
デズモンド公爵令嬢は飲んでいたティーカップを皿の上に戻してこちらに顔を向けた。
「貴女にぜひお願いしたい事があるの。それを呑んでくれるなら、私は貴女の男口調を気にしないことにするわ」
「お願い事ですか?」
デズモンド公爵令嬢はコクリと小さくうなずいた。
「そう難しい事じゃないわ。貴女が口調をその場その場で変えるのよりよっぽどね」
「そう、ですか」
何だか嫌味を言われたのかな?と俺は思ったが表情には出さなかった。それよりもデズモンド公爵令嬢のお願い事が気になった。
「それよりも、お願い事って何ですか?まさか、紅茶の腕を上げろなんて言いませんよね」
「貴女の腕ならこれ以上下がることも上がることもないでしょう」
やっぱ嫌味を言われてるのかな。俺がそう考えているとデズモンド公爵令嬢はフゥとひと息ついてこう言った。
「貴女が考えている程難しい事じゃないわ。ある侯爵家のご令息とご友人になって欲しいの」
「侯爵家のご令息と?私が、いや俺がですか?」
「ええ」
意外な頼みだった。確かに紅茶の腕を上げるよりは少しは簡単かもしれないが、ご令嬢ではなくご令息と友達になれというのは、少々不可思議な頼み事だと俺は思った。
「しかしまたどうして俺なんです?ご令息なら他のご令息と仲良くするのが自然でしょうに」
俺がそう言うとデズモンド公爵令嬢は少し視線を落とした。
「事情が事情なのよ。詳しい事は後々説明するけどとにかく受けてくれるかしら」
デズモンド公爵令嬢がそう言うと俺はうーんと考えた。公爵家ご令嬢直々の頼みとなっては断るわけにもいかないだろうなぁ。
事情が事情とは言うけれど、もし断ったら例の氷みたいな冷たい目で「ふーん、なら他をあたるわ」と言ってそのまま二度と来なくなるかもしれない。
俺はしぶしぶながらお願い事を聞き入れることにした。
「分りました。こんな俺でよろしければ友人になりましょう」
「話が早くて助かるわ」
デズモンド公爵令嬢は表情筋1つ変えずにそういった。
「ではまず事情説明するところから始めましょうか。あなた後天性性別転換病って知ってるかしら」
なるほど納得の人選だと俺はギャレット・カルヴァン侯爵子息と━━━否、
今となっては
「どうも初めまして、
俺はデズモンド公爵令嬢から事前に言われた通り男の口調で話しかけた。
「…本当に男みたいな口調で話すんだな」
慣れないドレスに身を包むカルヴァン元侯爵子息もまた俺と同じように男口調で話した。喉仏のない喉からは、透き通った綺麗な声が出た。
デズモンド公爵令嬢が説明してくれたが、カルヴァン元侯爵子息がかかった
まぁ早い話しが
「お前の事は何て呼べば良い?デズモンド様からはマスターと呼ばれると嬉しいって聞いたけど」
「うーん…それはそうなのですが、デズモンド様からは貴方様と友達になるようお願いされてますので…マスター呼びだと変でしょう」
「俺は別にお前と友達になんか…」
どうやらカルヴァン元侯爵子息の方も、姉とデズモンド公爵令嬢に紹介されて渋々喫茶同好会に足を運んだみたいだ。
俺はゴニョゴニョと呟く侯爵子息にいつもの営業スマイルでにっこりと笑い言った。
「喉渇いたでしょう?どうです?何か飲んで行かれますか。ここは一応喫茶同好会ですし奢りますよ」
「…ふん、侯爵家に恩を売っておきたいだけだろ」
「ハハハ、友達になるんですもの。お茶ぐらいはおごりますよ」
「…」
俺がそう言うと元侯爵子息は俯いてしまった。
「ったく…何でこの俺が爵位が一つ下の娘と友達にならなきゃいけないんだよ…しかもこんな男みたいな奴と…」
「まぁ男みたいだから貴方様のお友達に選抜されたんでしょうなぁ」
「…どういう意味だ」
「ああえっとその、それよりも差し支えなければお聞きしたいのですが、そのご病気はいつ頃から?」
「…二ヶ月くらい前からだ」
侯爵子息はじっと俺を睨みながら答えた。
「最初は髪の伸びるペースがどんどん早くなって、それからどんどん胸の膨らみも増していったんだ。そして、気付けばアレがどんどん小さくなっていって最終的には
「それはそれは…」
お辛かったでしょうに、と俺はそっと暖かいミルクティーを差し出した。
「馬鹿にするな、これでもカルヴァン家の後継者なんだぞ。これくらいの事でうろたえるか」
「おお!では女性の身体になっても次期後継者に認めt…」
そこまで言って俺はしまったと思った。俯いたカルヴァン元侯爵子息の眉は今にも涙が落ちそうなぐらいひそめられ、ドレスを掴む手はプルプルと震えていた。
「お前に何がわかるんだ…お遊びで喫茶店の真似事なんかしてるお前なんかに」
「申し訳ございません、カルヴァン様。傷つけてしまったなら謝ります」
「ああそうだよ!俺はもうカルヴァン家を継ぐことは出来ないんだよ!カルヴァン家の長男から三女になったからな!」
カルヴァン元侯爵子息は涙声で叫んだ。この世界では貴族は基本的に家を継ぐのは男性のみ。女性は政略結婚するかして他所に嫁ぐのが一般的だ。それは男性の身から女性の身体になったカルヴァンとて例外ではなかったらしい。
「なんで…なんで…俺がこんな目に合わなきゃいけないんだよ。俺が何したって言うんだよ…うう」
ヒッグ…グスッと、とうとうカルヴァン元侯爵子息の感情は決壊してしまった。
「このドレスだって本当は嫌だったんだ…でもこれからは着なきゃいけないんだ…これからはご令嬢として、他の女どもにクスクスと笑われたり侮蔑されながら社交場に出なきゃいけないんだ…」
「…」
俺は静かに厨房を出ると、そっとカルヴァン元侯爵子息の肩を抱いた。
「わかりますよ。俺も似たようなものですから」
「…!?」
どういう事かと驚くカルヴァン元侯爵子息に俺は思い切って打ち明けてみることにした。
「信じるかどうかは貴方様次第ですが、俺にも男だった時の記憶があります。こうして女になった時はそれはそれは動揺しました。昔は今のカルヴァン様みたいにドレスを嫌がってた時期もありました」
「…お前も元は男だったのか?」
カルヴァン元侯爵子息は怪訝そうな顔で訊いた。
「近いですね。どちらかと言うと俺の場合は先天性、カルヴァン様のは後天性と言えば分かるかもしれません」
「…さっぱり分からない。それで?結局お前は女を受け入れたのか?」
「はい、と言いたい所ですが、どちらとも言えません。俺が今こうして自分の事を俺と言うのはかつて捨てた男だった時期を懐かしんで、今伯爵令嬢として生きている事から気を紛らわせているのだと思います」
「…」
「時間が全てを解決すると言います。俺もまたいつかは私に戻る日が来るかもしれません。それと同じようにカルヴァン様の苦しみもいつかきっと安らぐ日が来ると思います」
「…その日まで俺はどうしたら良い?誰を頼ったら良い?」
カルヴァン元侯爵子息が涙目で俺を見つめると、俺はニコリと微笑んだ。
「俺がいるじゃないですか!友とはその為にいるのですから!遠慮なく俺を頼ってください」
俺がそう言った時だった。
カルヴァン元侯爵子息はギュッと華奢な腕で俺の背中に手を回した。
「…しばらくこうしてて良いか?」
「抱擁もまた友情の証ですよ」
それから俺たちは互いに抱きしめ合っていた。
━━しばらくして、抱きしめあった姿勢のまま、カルヴァン元侯爵子息が口を開いた。
「お前、俺より年上だろ」
「ええ、一個だけですが」
「そうか…」
カルヴァン元侯爵子息は少し考えた後にこう言った。
「じゃあ俺はお前のこと外では『お姉様』と呼ばせてもらうな」
「…はい?」
「お前だけ特別にそう呼んでやる。それと
「ええ?ああ、まぁ貴方様が─」
「ため口」
「えっと…じゃあお前がそれでいいなら」
「決まり!よろしくな!お姉様」
カルヴァン元侯爵子息、現侯爵令嬢はニカッと男らしい表情で笑った。
────こうして俺が思っていたのとは違った形だが、俺とカルヴァン元侯爵子息は晴れて無事に友達になったのだった。
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