愛と修羅場と友情
俺が学園の片隅で喫茶同好会という名の喫茶店を経営していて、大変だった時は色々ある。冷やかしの予約を入れられてドタキャンされた時もあれば、紅茶が不味いって言い掛かり付けられてお代を払わずに退店されたこともある(これらは全てデズモンド公爵令嬢が来てくれたおかげで大分減ったけど)。
その中でも客が店内で喧嘩しだした時は一番手を焼かされたよ。それもけっこうな修羅場だったんだ。
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事の始まりはレイラ・セネットが友人に、彼氏を紹介したいと言い出したことだった。
「私、今真剣なお付き合いをしている方がいますの」
「ええっ!」
レイラの友人、エリサ・ウォーターズは驚きの声を上げた。
二人は喫茶同好会によく二人組で来てくれるご令嬢方で、どちらもお金持ちの商人の娘だ。二人は普段からとても仲が良く、親友といっても差し支えないだろう。そんなレイラがエリサに彼氏を紹介したいと言い出したことが今回の事件の始まりだった。
「やったじゃない!祝福するわ!相手はどんな方なの?」
「とっても優しくてハンサムで、とにかく理想的な殿方なんですの!」
そこからレイラの彼氏自慢という名ののろけ話はしばらく続いたが、レイラが大切な友達には自分の好きになった人を知ってほしいから是非ともエリサに紹介したいと言うと、エリサは喜んでレイラの彼氏に会うことを了承した。
「分かったわ。待ち合わせはここ、喫茶同好会にしましょ。ローリング様も構いませんよね?」
「俺は別に反対しないよ」
「ありがとうございますわ!ではお茶をもう一杯いただけますか?レイラの幸せを願って乾杯しましょう!」
「ありがとう、エリサ!貴女のような友人を持てて私、幸せですわ!」
そう言って二人は紅茶が注がれたカップで乾杯した。その様は見ているこっちも微笑ましく思えてくるくらい、本当に親友のようだった。
後日、レイラはうちの店に彼氏を連れてやってきた。待ち合わせしていたエリサと俺に仲睦まじい様子を見せつけるように、二人は腕を組みながら入ってきたよ。
「あらあら、随分と熱々じゃな~い!」
エリサの冷やかしにレイラは嬉しそうに顔を赤らめた。
俺が見た感じ、レイラの彼氏の第一印象は清潔感のある好青年という感じだった。背は高く、顔はなかなかに整っていて、全体的に優しそうな印象を持っていた。
「エリサ、こちら私がお付き合いしてるメイジャー・グリーヴ。メイジャー、こちら私の友人エリサ・ウォーターズですわ!」
「よろしくお願いいたしますわ!」
「こちらこそよろしくお願いいたします。貴女のことはマイスウィート、レイラからよく聞いています」
「やあねぇ!メイジャーったら、マイスウィートだなんて!」
聞いているこっちがこそばゆくなるぐらい、歯の浮くような事を言われて照れたレイラはメイジャーの肩を軽く叩くと、メイジャーは「お返しだ」と言ってレイラの鼻をコツンと小突いた。
その様は前世でいうリア充ってヤツみたいに、本当に熱々カップルって感じだった。
それから二人は(というか主にレイラが)俺とエリサの前で二人が如何に愛し合っているかを延々と話し始めた。
二人の出会いは劇的なものだっただの、趣味が一致している事がどれほど嬉しかったかだの、メイジャーは正しく運命の人だの、喫茶同好会が閉店するまでずっと話していた。
途中まで営業スマイルで聞いていた俺は段々とウンザリしてたけど、エリサは解散するまでレイラの話にずっと笑顔で相槌を打っていた。
それは正しく親友のなせる業だと俺は感心した。
────とまぁ、ここまでは良かったのだが。
事件が起きたのはあくる日の事、レイラの用事が合わなくて、エリサが珍しく一人で喫茶同好会にて紅茶を飲んでいた時の事だった。
「こんにちは、やってますか?」
「ん…?あぁ…やってますよ」
俺は少し驚いた。入ってきたのはメイジャーだった。エリサもそれに気付いたのかメイジャーに向かって「どうも…」と軽く手を振った。メイジャーはペコリと俺に頭を下げると、エリサの席に歩いて行き、
「相席してもよろしいですか?」
と、にこやかな笑顔で言った。俺はこの時点で何だか不穏な空気を感じていた。普通彼女がいるのに女子生徒と相席するか?しかもエリサが座っている席以外も、何処のテーブルも空いていたのに。
俺はゴシップ記事を見ながら二人の様子を観察する事にした。
「い、いいですけど」
エリサはぎこちない表情で返した。そのまますっとエリサの隣に座ったメイジャーとは対照的に、エリサは友達のボーイフレンドと相席する事になって気まずそうにしていた。
そんなエリサに気付かないようにメイジャーはエリサに話しかけた。
「良いですね、その髪飾り。とてもよく似合っていて素敵です」
「いえ…その…ありがとうございます」
それからメイジャーはエリサの髪色とか着ている服とかを、例の笑顔でとにかく褒めまくっていた。エリサも最初はもじもじしながら「アハハ…」と返していたが、とうとう居ても立っても居られなくなったエリサはメイジャーに本題を切り出した。
「あの…今日はガールフレンドと一緒じゃないんですね」
それは俺も気になる事だった。というか事情を知っている者が他にもいたら、同じ事を疑問に思うだろう。彼女を置いて何やってんだと。
ところがエリサにそう聞かれると、メイジャーは顔色一つ変えずにこう言い放った。
「ガールフレンドって誰の事です?」
俺は厨房で思わずひっくり返りそうになった。エリサに至っては目を見開いている。
「ええっ!?だってレイラが貴方の事ボーイフレンドだって!」
「それはあくまでも友人として付き合っているだけですよ。僕の好みのタイプは彼女のような人間ではない」
おいおい、タイプじゃない女と腕組んでたのかよ。
鼻まで小突いてたじゃねぇか。
マイスウィートって何だったんだよ。
流石に無理ありすぎじゃねぇか。傍で聞いている俺は思わず突っ込みそうになったが、何故か口から言葉が出なかった。
「僕のタイプは知的で奥ゆかしい女性です…」
メイジャーはエリサの手に自分の手を重ねて、彼女の瞳を見た。
「そう貴女のような…」
「…」
「どうです?今晩僕と一緒にディナーでも…」
次の瞬間、バチコーンと痛快な平手打ちの音が響いた。
「いったい何の冗談ですの!?」
後日、喫茶同好会にレイラの怒号が鳴り響いた。エリサは椅子に座って決まり悪そうに紅茶を飲んでいる。その様子がかえってレイラの火に油を注いだ。
「エリサ…?答えて頂戴…!彼と別れた方が良いですって?」
「そのまんまの意味ですわ。彼ったら貴女がいるのに私にナンパしてきましたのよ。呆れて一発叩き込んでしまいましたわ」
落ち着いているエリサとは対照的に、仁王立ちで立つレイラの手は怒りで震えていた。俺は間に入るべきかどうか迷っていたが、助けが必要になる時まで静観する事にした。
「噓よ…!噓よ噓よ!そんな訳あるはずありませんわ!」
「何が噓よ!ローリング様だって見てましたわ!ねぇ、そうでしょう?ローリング様」
「あ、ああ。本当だよ。第三者として言わせてもらうけどメイジャーのやつ、俺の前でミセス・セネットとは友達として付き合ってるって言ってたよ」
俺はレイラたちの剣幕に押されるような形で答えた。
こう言う時に困惑と怒りで混乱している時についつい言ってはならない事を言ってしまうのが人間の性で、ヒートアップしたレイラはきっとエリサの方を睨むとついつい口を滑らせてしまった。
「
(あちゃ~…)
俺は思わず頭を抱えた。
「
「…」
「説明してちょうだい!」
今度はエリサがレイラに凄んだ。答えず睨み返すレイラにエリサは立ち上がって言った。
「あんたがそういう女だとは思わなかったわ!こっちは親切で言ってやってんのに!」
「それが大きなお世話だと言ってるんですわ!行き遅れの癖に!」
レイラがそう言った、その時だった。エリサは物凄い勢いでレイラに掴みかかると、レイラのドレスの裾を引きちぎった。
「何すんのよ!」
「この女!よくも!」
それから二人は店内で暴れだした。互いに髪を引っ張りあったり、相手の顔に紅茶を掛け合ったり、床を転げまわった。
そうして二人が騒ぎを聞きつけた教諭に抑えられる頃には、店内は滅茶苦茶になっていた。ティーカップやスケフィントン侯爵令嬢の絵画は無事だったが、テーブルや椅子類はごちゃごちゃになっていた。
俺と二人はそのまま教諭たちから並んで厳重注意を食らい、俺も巻き添えで反省レポートを書かされる羽目になった。ただ、俺は反省レポートよりも彼女たちのその後の事が気にかかっていた。二人の間に修復不可能な溝が出来てしまったのではないかと。
実際、しばらくの間二人が揃って来店する事はなくなっていった。来たとしてもいつも片方だけで、喫茶同好会の扉を開けて中を覗くだけで去っていく。
もう二人が揃う事はもう無いのだろうかと思う、そんな日々が続いた。
────メイジャーが二人とは全く別の女性との婚約を発表するまでは。
「彼…とんだクズ野郎でしたわね」
「ええ…」
後日、二人は久しぶりに揃って店内に来て意気消沈したようにため息をついた。
メイジャーは思っていた以上に軽い男だったらしい。言い寄られていた被害者はレイラとエリサ以外にも数十人にものぼったらしく、メイジャーは婚約発表の場で男たちに止められるまでご令嬢たちに蛸殴りにされていた。俺も止めようか迷ったが、あまりの勢いに他のご令嬢たちと一緒に傍観するしかなかった。
それからしばらくはメイジャーのやつ、カボチャみたいな顔で過ごしてたよ。
「『君たちも大人になるんだし、遊びは自己責任だろ?』ですって…何であんな男に惚れちゃったのかしら」
「ホント…馬鹿馬鹿しすぎて笑えてきますわ…」
「ごめんなさい、エリサ。私が間違ってましたわ…。貴女の忠告を素直に聞くべきでしたわ。それに酷い事も言って」
「良いのよ。それよりも私こそごめんなさい。貴女のドレスを滅茶苦茶にしちゃって」
「良いのよ、私が全面的に悪かったんですもの」
二人はお互いに今回の騒動での事を謝った。傍で聞いていた俺は二人がまた仲直りして、喫茶同好会に足を運んでくれた事がとても嬉しかった。
「ではお二方の友情を祝して、本日の日替わりスイーツは俺が奢りますよ」
「そんな!ご迷惑をお掛けしてしまったんですもの!こっちが奢りますわ!」
「ハハハ、もう弁償してもらったから良いよ。それよりも二人が揃ってくれた方が嬉しかったよ」
「まぁ!ありがとうございますわ!ローリング様!」
それから俺たちはスイーツを食べながら、紅茶で乾杯した。ティーカップ鳴らすチンという音が喫茶同好会に鳴り響いた。
こうして自分たちの悪かった所を素直に謝れるからこそレイラとエリサは親友なのかもしれない。
これからも二人はそんな友情を育んでいくのだろう、俺はそう思った。
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「ミス・ローリング、いえマスター…。貴女は今まで会ってきたどんな女性よりも暖かく優しくて…」
「懲りないねぇ、あんたも」
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