お茶くみ令嬢 〜元喫茶店マスターは異世界で喫茶同好会を開きました〜

ウェーブケプター

プロローグ

プロローグ お茶くみ令嬢

 俺、コルネリア・ローリング伯爵令嬢には前世の記憶がある。


 お決まりの展開なのであまり長ったらしくは書かないが、前世は個人経営の喫茶店の店主で、まあまあ気ままにやってたよ。客からの評判はまぁまぁだったかな。ピーク時は忙しくしてたし、それなりに上手くやっていた方だと思う。


 ある日、信号無視の車にはねられて、お決まりの異世界転生ってヤツだ。


 しかし女、しかも貴族のご令嬢に転生しちまったのは参ったよ。


 まず肉体の違いになれる事から始まって、前世じゃ縁もゆかりもなかった令嬢向けの英才教育ってヤツをみっちり仕込まれて、気付けばエリート達が通うガテアヴィヒ帝国学園に通う立派なお嬢様ってわけだった。この口調だって元に戻すのには苦労したよ(もちろん階級が上の貴族向けにはきちんと敬語を使うがね)。


 まぁ今じゃそんな英才教育からある意味一線引いて、学園の一室で『喫茶同好会』と言う名の喫茶店をやっているがね。


 どうして貴族のご令嬢が喫茶店の真似事をしているかって?


 ……まぁ、とある事件があってね。俺は深く心を傷つけちまった。そんな俺に何か気晴らしになるような事をしないか、と親に聞かれた時に前世の経験から『学園で喫茶店を開きたい、お茶くみは自分がしたい』と願ったわけさ。


 勿論、最初は家族からも反対されたよ。お茶くみってのは基本的にメイドがやる仕事だからね。伯爵家の令嬢がすることじゃないって、メイド長からはこってり叱られたよ。母親は俺の気が狂ったって卒倒したっけ。


 でも事情が事情だけにあまり反対する声も徐々に小さくなって、最終的には『しばらく好きにさせよう』と言う事になった。傷心の俺も忙しくしてれば悲しい出来事からも気を紛らわせたからね。


 そこから俺は悲しい出来事を振り払うかのように、前世の経験・知識を総動員してお茶くみに腕を振るった。この世界の料理は前世とは似ているけど素材が違うこともままある。時折メイドにこの世界の料理を教えてもらったりもしながら、お茶の知識を増やしていった。


 そして『喫茶同好会』を立ち上げ、生徒たちにお茶を振る舞う喫茶店を開いたってわけさ。


 文化祭(みたいな行事がある)でもないのに一生徒が金銭をやり取りする訳だから、最初は学園も渋ったが、生徒会に支出入を逐一報告する事、値段は学園側が決めることを条件に、商業の研究をする部活動の一環として認めてくれた。


 事情を知る一部の人間が同情してくれたってのもあるがね。振り返れば、よくまぁこんなとんでもない案件をあの堅物の生徒会長(帝国第一皇太子殿下さ)が認めてくれたよなぁ。


 最初は変わった令嬢が変わったことをしているって、男女問わず冷やかしもあったけど味が知れ渡ってからは喫茶同好会の客足は順調に伸び始め、今じゃそれなりに繁盛しているよ。


 ──さて、そろそろ営業時間だな…。




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 メルゼガリア帝国にある、ガアールベール帝国国立学園には一風変わったご令嬢がいる。

 たまに男みたいな口調で話すし、”マスター”と呼ばれると喜ぶ。物静かだが愛嬌があり、不思議な親しみやすさを感じさせる。

 そして何より本来はメイドがやるようなお茶くみが好きで、学園の一室を借り喫茶同好会と称して喫茶店を開いている。


 学園の端にある小さな部室の扉には、ドアノブに掛けられた小さな掛け看板で単純に”喫茶同好会”とだけ書いてあり、中は小さな厨房とティーテーブルがいくつか置かれているだけだ。

 ご令嬢も学園での学業があるので、喫茶店が開いているのは水曜日の放課後だけ。メニューは紅茶とミルクティー、そして日替わりのお茶菓子のみ。


 これで人が来るのかと聞きたくなるが流れてくる紅茶の香りに足を運んでくる生徒は少なくない。生徒だけでなく教員や大物貴族のご子息・ご令嬢までやってくる程の選り取り見取りであるため、一種のサロンとも言えるだろう。


 令嬢の親しみやすさと、どこか懐かしい味に密かな人気を誇っているが、不思議と喫茶同好会に入部しようとする生徒はおらず、同好会の部員はその令嬢一人きりである。


 そのため、愛称と侮蔑の両方の意味を込めて生徒たちからはこう呼ばれている、


 ────『お茶くみ令嬢』と。

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