喧嘩する二人とスコーン

 他所でやってくんないかなぁ。俺は目の前の二人を見て常々そう思っていた。


「また君か。その阿保面を見るだけで嫌になるよ」


「そいつはこっちのセリフだっての。ったくここに来るといっつもお前に会うから嫌になるぜ」


 黙って聞いていると何かこっちのせいにされた。

 俺の喫茶同好会にて口喧嘩するのは、レイバン・シンガーとブルーノー・ブーン。二人とも同じクラスの同級生らしい。レイバンは少しガラの悪い生徒で、ブルーノーは真面目でクラスの学級委員をやっている。二人とも馬が合わないらしく会えばいつも喧嘩している。


「マスター、今日の日替わりの軽食はなんだい?」


「ええっとそうだね…今日はスコーンを焼き上げてるけど」


「ほーん、んじゃ紅茶とそれを二つ貰おうかな」


「僕も紅茶とスコーン二つ」


 その割には二人とも同じ物を頼むんだよなぁ。

 俺はスコーンの生地を型でくり抜いた後、オーブンで焼き上げた。やっぱりスコーンは出来立てほやほやのものに限る。それからジャムとクロテッドクリームが入った器を添えたら、紅茶と一緒にお盆に載せて二人が座るテーブルに置いた。


「お待ちどおさま、紅茶とスコーン」


「けっ、お前も同じの頼むのかよ。気色悪い」


「それこそこっちのセリフだね。僕の真似するのは偶然でも止めて欲しいね」


 それから二人は紅茶とスコーンに手を付けないで、お互いにテーブルを挟んでしばらくにらみ合っていた。「あの…冷めますよ」と俺が言わなかったら閉店までずっとやっていたかもしれない。


「なぁマスター、こいつ出禁にしてくれないか。せっかく一息つこうって時にこいつがいたんじゃ休むものも休まらねぇよ」


「それを言うなら僕の方こそ君を出禁にして欲しいよ。ミス・ローリング、こんな奴喫茶店に来させちゃ駄目だよ」


「出禁にするだけの理由がないから…」


 そんな個人的な理由でホイホイ出禁にしてたら、客が来なくならあ。俺がそんな事を思っていると、そうしてようやく目の前の紅茶たちに口をつけ始めた。

 俺は二人を見ていて何でこの二人はこんなにもしょっちゅう喧嘩ばかりしているのだろうって思った。

 何せスコーンの食べ方や紅茶の飲み方までそっくりそのまま同じなんだ。


 最初にクロテッドクリームをスコーンに乗せて一口食べる。そうしたら今度はジャムを一緒に添えてパックリと平らげる。それを二回繰り返したら、紅茶をすすって飲み込む。

 二人は日替わりのお茶菓子でスコーンが出ている時はいつもこうやって食べている。というかむしろ二人ともスコーンが出ている日に揃って来店するから、ブッキングするのは当たり前のような気がしてならない。


「「ごちそうさま、また来るぜ(よ)」」


 そうして、二人は同じタイミングで揃って帰っていく。二人が出ていった喫茶同好会の外からは、「被せんじゃねぇ!」という怒号が聞こえてくる。そこまでがスコーンが出てくる日のワンセットだ。


「あの二人が来ると賑やかでいいねぇー」


 なんて同席していた呑気な客は言うが、いつもここで喧嘩されるこっちとしてはいい迷惑だ。

 それから二人はあくる日もあくる日もスコーンが出てくる日にはやってきて、互いにいがみ合い、それを見ているこっちは他所でやってくんないかなと思う日々が続いていた。





 ────二人の関係に転機がやってきたのは、レイバンが馬車の事故に合って片腕の骨を折ってしまい、しばらく実家で療養する事になった時だった。全治一か月と診断されたらしい。


「レイバンのやつ…こっちにもまだ来てないのか」


 喫茶同好会に来たブルーノーは酷く寂しそうにしていた。


「どうする?今日もスコーン焼き上がったけど」


「いや、いらないよ…」


 俺が焼き上がったスコーンを前に出しても、ブルーノーは首を横に振った。結局、ブルーノーは紅茶を一杯飲んだ後にトボトボと帰っていった。その背中は暗くどんよりとした空気に包まれていた。あんな姿のブルーノーを見たのは初めてかもしれない。


 ひょっとしたらブルーノーにとってはレイバンはあんなにいがみ合っていても大切な喧嘩仲間だったのだろう。俺もレイバンの早い復帰を陰ながら願うようになっていた。

 それから次の水曜日も次の水曜日も、その日の日替わりのお茶菓子がスコーンじゃない日にまでブルーノーは顔を出すようになった。その度にブルーノーが何処かやつれていくのを俺は見た。


 ある日、俺は我慢できなくなってテーブルに俯くブルーノーに聞いてみた。


「あのぉ…ミスター・ブーン。お食事は取られていますか?何だか頬が瘦せこけているような」


 俺にそう聞かれたブルーノーが顔を上げると、俺は思わずぎょっとした。ブルーノーの顔はまるで死人のように青白くなっていたのだ。


「何だか食事が喉を通らないんだ…医者にも診てもらったけど異常はないみたいでさ…」


 そう言ったきり、ブルーノーは紅茶にも手を付けずに黙って去っていった。



 これは一大事だぞ、と思ったが俺にはどうしようもなかった。ブルーノーがああなった原因はおそらくレイバンに会えないことだが、はっきり言って第三者の俺が病床のレイバンを引っ張ってこれる訳ない。第一、レイバンの体調が安定しない限りは皇太子殿下だって無理だろう。


 せめて一生徒として見舞いの手紙ぐらいは送ってやろう、と思いシンガー家に一通手紙を送ることにした。喧嘩になるだろうからブルーノーの事は触れないでおいて、一生徒として喫茶同好会の部長として心配している旨を綴って送った。



 すると、後日返信の手紙が届いた。俺はその手紙を読んでゲッとなったね。

 そこにはまず感謝の言葉が短く書いてあった後に、もうとにかく長い文章で如何にレイバンが学友のブルーノーに会えなくて寂しがっているか長々と書いてあった。

 しかもレイバンは病床の癖に、これまたブルーノーと同じように憔悴しているらしい。原因はおそらく、というかどう考えてもブルーノーと一緒だろう。


「何故かしら…何処か馬鹿馬鹿しく思えてきたのは」


「アハハ…」


 俺がポツリとそう言うと一緒に読んでくれた使用人も思わず苦笑いしてたね。




 ────え?それで結局、二人は再会したのかって?勿論、再会したよ。それも非常にドラマチックにね。


「ブルゥゥゥノォォォォォォォ!!!」


「レェェェェイバァァァァァン!!!」


 二人は学園中に響き渡る程の声量で叫びあいながら、だれもが見ている公衆の面前で抱き合った。俺もその場に立ち会ったが、その姿はまるで百年越しの再会だったよ。会えなかった期間はたった1ヶ月でも彼らにとってはそれほど感極まったらしい。


「ブルーノー!俺は…俺はお前と会えなくてどれほど寂しかったか…」


「レイバン!僕もだ!僕も君と会えない日々がとても辛かった!」


「俺たちは…!俺たちはお互いが必要なんだ!」


「僕も!僕には君が必要だ!君に会えない間、ずっと君のことを考えてた!」


「「ウワァァァァァァァァン!!!」」


 二人は抱き合いながらこれまた同じタイミングで号泣しだした。

 ──しかしいくら何でも感極まり過ぎじゃないか、俺は二人を眺めてそう思った。

 他の生徒は一体どんな顔をしていただろうか。きっと皆、レイバンとブルーノーの再会が想像以上の白熱っぷりを見せていて、反応に困っていたに違いない。実際、生徒たちからは困惑のどよめきが起きていた。


 パチパチパチパチ…


 そんな周囲の視線すら気にせずに彼らがずっと抱き合っているのを見て、俺はどうしたらいいのか分からず、とりあえずと自然に拍手をしていた。それに釣られて他の生徒たちもパチパチと拍手をし始めた。


「ありがとう!皆ありがとう!」


「この声援を俺たちは忘れないぜ!」


 誰も声援なんか送ってねぇよ。俺は引きつった笑みを浮かべながら、心の中で突っ込んだ。




 ────それから、二人は喧嘩をしていない。二人は正に親友となり、学園でも仲良く過ごしている。

 しかし、俺から見れば少し仲良くしすぎじゃないかと思う。


「はい、レイバン♪あ~ん♪」


「あ~ん♪」


 二人はスコーンの日になると、腕を組んでやってきてこうやって食べさせ合いっこをしている。周りの目線なんか気にせずにね。


 それを見ている俺はいつもこう思うんだ。


 ────他所でやってくんないかなぁってね。

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