エイプリルフール・トゥルーストーリー

Scene21

　それに最初に気付いたのは、恭一ではなく、葵だった。解体に集中する恭一に比べて暇だった葵は、辺りをきょろきょろ見回して景色を楽しんでいた。

　ふと後ろを振り返った葵の目に飛び込んできたのは、ものすごい勢いで振るわれる、大鎌の巨大な刃の一太刀だった。

「危ない！」

　葵はとっさに恭一を勢いよく押し倒し、一緒に倒れ込んだ。つい今の今まで二人の頭があったところを、鎌の刃が通過していく。

「何だ！」

「痛い！」

　それまでは全く気付いていなかった恭一であったが、葵に倒されたその瞬間には相手を視認していた。

　大鎌をふるう異形の怪物が、そこにはいた。その姿は翼が生えたドラゴンの小型版のようで、筋肉隆々の腕で死神の親玉が使うような鎌を片手で軽々と持っていた。

　恭一は驚いたが、即座に冷静さを取り戻した。この脅威はすぐに排除しなければならない。

　恭一はすごい速さで一本の長い槍を具現化し、怪物の腹に勢いよく突き立てた。それは普通の槍とは違い、刃先が大きなドリルになっていたため、怪物が「ウガガガガ……」と野太い悲鳴を上げる。そしてたまらず空を飛んで逃げようとした。

　しかし恭一は間髪入れずに立ち上がり、散弾銃を実体化させた。無表情のまま怪物の腹にできた傷口に向けて何発も打ち込み、怪物を光の地面に落下させた。そしてそのまま、追い詰めていく。

　人間よりもはるかに頑強そうに見えるこの怪物も、そこまでするとさすがにだいぶダメージをくらっているようで、じりじりと後ずさりする。意識も飛びそうだ。

　恭一は持っている銃をマシンガンに変化させた。銃身が長く威力が強いタイプのもので、怪物の広がった傷口をさらに広げていく。

　数秒も続けて撃ち続けている内に、シックスパックだった怪物の腹についに大きな穴を開け、身体を貫いた。すると次の瞬間、怪物が光の泡となって消滅していく。

　恭一はようやく一息ついた。

「ふうっ！　一体何だったんだあれは」

　そう言った恭一は葵の方を見た。葵は腕をおさえてうずくまっていた。

「葵！」

　恭一が急いで駆け寄る。葵は腕から血を流していた。それほど深い傷ではなかったので、さっきの鎌がわずかにかすったのだろう。

「恭一ーー、恭一ーー、痛いよう」

　葵は涙目になっている。

「大丈夫だ。ちょっと待ってな」

　恭一は救急セットを具現化した。箱の中から中から傷薬と包帯を取り出す。恭一はそこまでしてふと動きを止めた。

「どうしたの？　はやくやってよ」

　震える声で葵が急かす。しかし、恭一は何か考え込んでいる様子だった。

「ぎゃー、ぎゃー、血がーー」

「わーった、わーった。うっせえ、こいつ！」

　恭一の頭の中で、今までの出来事が駆け巡っていた。地上では負のエネルギーがなくなって正のエネルギーだけになったことで現実の崩壊が始まった。幻が現実になる代わりに、現実が幻になっていった。ということは……

　恭一は、葵の腕の傷に手をかざした。そーっとその上をなぞる。するとみるみる傷口がふさがり、手を離すころには傷口がまるで跡形もなくなっていた。

「すごい！　恭一って何でもできるんだね」

　一転してキラキラした瞳で、葵が恭一を見つめる。

「いや、俺も初めてやった。今までは、正のエネルギーは負のエネルギーによって実体化した幻だけを打ち消すことができると思っていたが、リアルにできた傷も消すことができた。こりゃあ、社長の言う通り正負のエネルギーの関係性を捉えなおす必要があるみたいだ」

「ふーん」

　そのへんの事情は、葵はあまり興味がなかった。

「でも、これでいくら怪我しても大丈夫だね！」

　そう言う葵を、恭一は意味深に見つめた。

「そうだな」

　恭一が立ち上がる。そしてある一方向を見据えた。

「そのおかげで少しは救いができたかな」

「え、どういうこと？」

　葵はそう言って、恭一と同じ方向に目を向けた。

「えっ！！！！！」

　そこにはさっきみたいな怪物が大量におり、こっちに向かって進軍していた。

「きゃーーーー！！！　何あれ？　何あれ！」

　さっきと同じようなドラゴンもいれば、剣を持って鎧を装着したガイコツもいる。

「ド〇クエかよ」

　かと思えば、ろくろ首や雪女のような日本風の妖怪、ドラキュラやフランケンのような洋風の化け物もいる。それこそ魑魅魍魎と呼ぶにふさわしい有象無象の怪物達だ。

　その怪物たちの進行に合わせて、きれいな雲のようだった天国が黒く染まっていく。

「何事？　何が起こってるの？　ここは天国じゃないの？」

「おそらく……　負のエネルギーそのものが、この天国を崩されるのを嫌がっているんだろう。ここは負のエネルギーにとっては楽園のような空間だからな。それであんな化け物どもを具現化させて阻止しようとしてる」

「え、じゃあ。これじゃあ、まるで……」

「ああ」

　恭一はこの異形の怪物達から決して目を離そうとしなかった。

「これじゃまるで地獄じゃないか」