現在  葵 さっきのちょっと後

Scene19

「クソッ、あいつの過去編に入ったせいで時間がなくなった。事態は一刻を争うぞ」

「ちょっと、恭一、そんな言い方しなくても」

 ここの強い負のエネルギーのせいだろう。南波の過去の記憶が、恭一と葵の脳内になだれ込んできた。

「それにしても便利だな。何だコレ」

 とてつもない量の記憶データがやり取りされたからなのか、恭一と葵、南波の三人とも息が上がっていた。

「うーん。まあ、とりあえず、事情はわかったよ。しょうがない。早く会って来いよ」

 恭一が頭を掻きながら、そう言った。

「恭一…… やーさーしーいー!!」

 葵が身体をクネクネ揺らし、キラキラした目で恭一を見た。また、惚れ直していた。

「いや、そもそもおめーらの許可なんか端から求めてねーから! お前らが勝手に邪魔しているだけだから!」

 それまでしばらく口を開いていなかった黒髪短髪の亮助くんが、盛大にツッコんだ。

「ただし!」

 恭一は、指を一本突き出した。

「五分だけだ南波。あと、もう〝再会〟を終えた仲間達は早く地上に降ろせ。俺はここの負のエネルギーを、なんとか地上に還す準備をしておく」

 南波と亮助ははすでに歩き出していた。

「ちゃんと聞いてるのかなぁ」

 葵が心配そうに二人を見た。

「ねえ、恭一。負のエネルギーを地上に戻したら、消えちゃった人達は本当に元に戻るの?」

「いや、分からん。初めてのケースだ」

 恭一がきっぱりとそう言い切った。

「分からんって…… もえたんはどうすのよ! もえたんは! それに私の家族だって! あいつらのあんなワガママ許しといていいの?」

「これはあくまで俺の想像だが……」

「何?」

「今は、本来地上に分散されているべき負のエネルギーが、一ヶ所に集まってるのが問題なんだ。幻を具現化する負のエネルギーが集まりすぎてる反動で、それの欠乏を引き起こしてる地上では、それの逆が起きている。つまり、現実が崩壊し始めてる」

「現実が崩壊!?」

「そう。人が消えてるのは序章に過ぎない。」

「それじゃなおさらはやくあいつらを止めないと!」

 葵がそう叫んだところで、葵のスマホが鳴った。さっきもかかってきた番号から電話がかかってきている。社長だ。

「え、ここ電波入るの? すごっ!」

 恭一が無言である方向を指差した。そこにはド〇モの電波塔がそのまま建造されていた。

「さっき作っといた」

 ええ…… 謎の用意周到さ。

『やー、葵ちゃん。そっちはどんな様子かね』

 随分のんきな声が聞こえてきた。恭一はああ言っているが、地上は何も変わりないんじゃないのだろうか。

「社長! 恭一がこのままだと現実が崩壊するって言ってるんですが、下は大丈夫ですか?」

『んー、うん。絶賛崩壊しとるよ。さっきもそこのビルが一棟消えたところだ』

「ええ、崩壊してるんですか!?」

『いやー、それにしても負のエネルギーがなくなって正のエネルギーになるだけで、ここまで崩壊するとはなあ。これは正負のエネルギーの解釈を見直さなくてはならんなあ』

 いや、だからなんでそんなのほほんとしてるんですか。

「ほっとけ。あの人はいつもこうだ」

 隣で恭一がぼそっと葵にそう伝える。耳元で感じる恭一に、葵はへにゃへにゃと崩れ落ちそうになる。

『とりあえず、そっちにある負のエネルギーが地上に降りてこんことには、こっちもどうしようもないから。能力も今一切使えんしなあ。そっちにヘルプも行けんよ』

 そうか、だからこんなに落ち着いてるんだ。自分ではどうしようもないことは、端から考えないタイプの人だこの人。

『それが出来る男の秘訣じゃよ、葵ちゃん』

 なんでこっちの心の声聞こえてんだよ。

『いやー、こっちも大変なんだよ、葵ちゃん。うちの社員もほとんど消滅したし、能力を維持できなくなったから、今ここ廃墟よ?』

 こっちの返事を待つこともなく、社長はいらぬ情報をどんどんまくしたてていく。

『それじゃ二人とも頼んだぞ』

 社長は最後、それだけ言ってブチッと電話を切った。

「あのエロじじい、ただ女の子と話したかっただけだな」

 恭一が辛辣に切り捨てた。

「ねえ恭一、やっぱりはやく南波くん達止めた方がいいんじゃないの?」

「ああ、そりゃそうだ。時間が経てば経つほど、言霊は風化する。ただでさえ元に戻せるか分からないのに、可能性はどんどん低くなっていくだろうな」

「じゃあ!」

 葵は恭一に詰め寄った。しかし、恭一は頭をポリポリ、どう見ても乗り気じゃない。

「でもなあ、ここまでの犠牲を出してまで、あいつがやろうとしたことだ。せめて少しでも実現させてやらないともったいないだろ、色々と」

 恭一は、やっぱり優しいのだ。

「さ、とりあえず俺達はできることをするぞ」


 そう言った恭一は、天国の端の方まで歩いていった。そして両手を前に突き出し、

「はあーーーーーー!!!」

と気合を入れる。

 するとキラキラ光る雲のような負のエネルギーが、どんどんと地上に降り注いでいった。

「す、すごい……」

「ここにある負のエネルギーは本当に純度が高い。南波のやつもよくやったよ。地上にわずかに漂う負のエネルギーを集めて操るよりも簡単だ」

 恭一は順調に負のエネルギーを地上に還していたが、この巨大な島は一向に小さくなる気がしない。数分後、恭一は目と鼻と耳から血を噴き出してぶっ倒れた。

「恭一!?」

 葵が急いで駆け寄る。

「あー、すげえ疲れる」

 とりあえず喋れているので、葵はホッとした。

「簡単なんじゃないの?」

「技術的には簡単だが、普段操るエネルギーの、ざっと数億倍から数百億倍だからな。俺の能力が追いつかない」

 そう言って恭一は大の字に寝転んだ。

「そうだ、葵。お前、やれ」

 首だけ起こした恭一が葵に向かってそう言った。

「ええーーー!!! ムリムリムリ! 操るとかやったことないし!」

 葵が目の前で手を千切れるくらいのスピードでブンブン振るう。

「大丈夫だよ、簡単だから」

「ムリだって!」

「君は社長や南波が見込んだほどの能力者だ。君ならこのあふれる負のエネルギーを乗りこなせる……さ……」

 恭一はそれだけ言って、ガクっとこと切れそうになる。

「ちょっと待ってよ! せめてやり方教えてよ! 勝手に気ィ失うな、私の家族の命だってかかってるのよ!」

 葵がブルンブルンと容赦なく恭一を揺すり起こす。

「ん… んが……んが…… なんだ……?」

 恭一は無理矢理覚醒状態に引きずり出された。

「起きろーー!!!」


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