Scene18

 母親はその日の夕方、交通事故で死んだ。南波は、自分が家を出た後はちゃんと再びコピーを送り込んでいたので、母親を一人ぼっちにさせていたわけではなかった。

 しかし、自分の能力があれば、自分自身がついて行っていれば、母親は死なずに済んだのではないか、その思いが頭の中に居座り続けた。

 そして何より、自分自身の母親との最後の記憶があれでは後味が悪過ぎた。しかし、後悔の思いがさらに強まったのは、母親の遺品整理をしていたときだった。母の日記が見つかったのだ。

 そこには南波少年への愛が沢山詰まっていた。それと同時に、女手ひとつで子どもを育てることへの不安、苦悩。

 南波はそれを読んで、涙を流した。何故かはわからなかった。表情は一切変わらなかったのに、涙だけがあふれ出てきた。

 自分は今まで母に向き合ってこなかったのではないか。思い返せば、きちんとしたコミュニケーションなど、何年もろくにとっていなかった。

 そこから南波は、自分の母親について、猛烈に興味を抱くようになった。自分を産む前はどんな人生を送っていたのか、父親とはどのように出会い、別れたのか、自分が家を出てから、どんな日々を過ごしていたのか。

 南波ほどの能力があれば、それらを突き止めることは難しいことではなかった。そして、父親が不倫の末、一方的に母親と南波少年を捨てて出ていったことを知った。

 公園で父が見知らぬ小学生と本当に楽しそうにキャッチボールをしているところを数十メートル先から見た時には、純粋に殺意が湧いたが、その時点で南波の父親への興味はすでにだいぶ薄れていた。

 そんなことより、母親に会いたい、南波の中でその思いがどんどん強くなっていった。一人きりで食事をとっているふとした瞬間、夜眠りに落ちる直前、最後に見た母の老いた顔が脳裏に浮かぶのだ。

 それまではなかった後悔の念が、募るようになった。あのとき、涙が出たときの感情が理解できなかったが、今なら痛いほどよく分かる。

 もう一度、母に会いたい。母に会って、今までの時間を取り戻したい。最後、母を睨んだ時、母はどんな気持ちだったのだろう。


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