Scene10
「うーん、ホントは部外者を連れて行くのは良くないんだけどなぁ……」
軽快に走るSUVの運転席で、恭一は頭を掻きながらそう言った。
「部外者じゃないでしょ? 私だって能力があるのに、ほっといたらまた危ない虫が寄って来ちゃうよ~? てか恭一、免許は?」
「でも、君に力の使い方を教えることはできないよ。南波の一件があってから、上層部は特にそのへんピリピリしてるんだ」
「いいの! で、恭一、免許は?」
力の使い方なんて本当はどうだって良い。しかし、ここでまた恭一とはぐれたら、次に会える保証はない。とにかく状況に喰らいついていくことが大切だ。あと恭一、免許は?
とは、思いつつも、これから全く知らない新しい世界に飛び込んでいくかと思うと、葵の不安は募っていた。そして恭一、私の話を聞け~~~~!!
車はなおも、法定速度ギリギリで加速する。
このままどこに連れて行かれてしまうんだろう…… そう心配していたら、車は葵のよく知る町内をぐるっと一周して、そのまま葵の家の裏手にある廃校に入っていった。え、ウソでしょ?
いや、近くない? ホントに言ってる? 葵はキョロキョロと辺りを見回したが、車は正門からそのまま校庭に乗り入れた。
「こっちだ。」
停車後すぐさま車を降りた恭一が、葵を手招きする。え、やっぱりここなの? なんなら毎日部屋の窓から見てるんだけど、今日も怖いなー、とか思ってるんだけど。
もう日はすっかり沈み、真っ暗な校舎内に、恭一はズカズカと踏み入っていった。葵もその辺りまでは外から見えるから勝手知ったるものだ。
しかし、この中には入ったことがない。葵が物心ついたときには、もう今と同じようにボロボロだった。葵はむしろ、ここで肝試しをしようとしている陽キャ達を軽蔑の眼差しで見つめていたタイプだった。
「ほら、行くぞ」
怯えて立ち尽くす葵の手を、恭一が掴む。え、え、どうしよ。恐怖とは別の高鳴りが胸を打った。恭一はそのまま、半ば強引に葵を引っ張っていく。
恭一の歩幅に合わせて、二人でズカズカと進んでいくと、地下に繋がる階段が目の前に現れた。明らかに、より深い漆黒が階下に溜まっている。
「足下、気を付けて」
恭一は自分の掌から光球を出し、辺りを優しいオレンジ色に照らした。葵の中に巣食っていた恐怖が、一気に晴れていく。
学校内とは思えないほど長い階段を降りると、そこにはこれまた学校にはそぐわないような大きなスライド式で、両開きの扉があった。鉄製で重たいその扉の向こうを見た時、葵は唖然とした。
そこには思っていたよりも多くの人が、……仕事をしていたからだ。葵は自分の目を疑った。そこはまるで本当のオフィスのようで、シャツにネクタイ姿の多くの人がパソコンに向かっていた。電話をかけている人も、何人もいる。
地下のはずなのになぜか窓があって、もう夜のはずなのになぜか窓の外は明るかった。
「お疲れ様でーす」
すれ違う人達が次々に恭一にそう声をかけ、恭一もそう返す。その姿はまるでこなれたサラリーマンのようだった。
こんなスーツ姿の中でフリフリが沢山ついたド私服とか絶対浮くんですけどー、と叫び出したい衝動にかられていた葵は、その自分の姿を改めてみて仰天した。
自分もいつの間にか、黒いリクルートスーツに変わっていたからだ。顔にも違和感を感じ、手をやると、赤いフレームの伊達メガネまでつけられている。
改めて恭一もよく見てみると、薄い青地にストライプの柄が入ったシャツに、上品な黒いスーツ姿になっていた。
「え、なにこれ? いつの間に! どうなってんの?」
葵は急いで恭一に駆け寄る。
「ねえ!」
「ん?」
「私の服は?」
「ああ、大丈夫、大丈夫。ここにいる間だけだから。出たら元に戻るよ」
「なんでわざわざそんなことするの?」
「え、なんでって…… 気分?」
「気分なの?」
「やっぱりこう…… 我々も仕事してるんだぞー、ってね。社会の一員なんだぞー、ってね」
「ああ、コンプレックスね」葵が得心したように頷く。
「ちーがーいーまーすー! 社会にとって大事なことしてるんですー!」
恭一が、スーツ姿には似合わない地団駄を踏んだ。
「だって、忙しいのエイプリルフールだけなんでしょ? 普段は何してるの?」
「え…… そりゃあ、君、情報収集だよ。負のエネルギーが暴走していないか、とか、〝適性〟のある若者はいないか、とか」
「でも、私のこと気付かなかったんでしょ? この裏に住んでるんだよ?」
「いや、まあ…… そ、そういうことももも…… あ、あ、あるでしょうなななな……」
「本当は?」
「え?」
「本当は何してるの?」
「うーん、それは、まあ…… 不可解な現象が起こってないかどうか調べるために動画サイト見たり?」
「絶対YouT〇beで衝撃映像系見まくってんじゃん。関連動画あさりまくってんじゃん」
「SNSチェックしたり?」
「ああ、ツイ廃なんだ……」
「あのね! さっきから聞いてれば!」
だって、よく見たらその辺に明らかにスマホ片手に死んだ顔で崩れ落ちてる人がゴロゴロいるんだけど。
「あー、皆さんお疲れなんだ。連日の激務で」
恭一はもう葵と目を合わすのをやめ、ズンズンと前に進んでいく。
「ねえ! ちょっと待ってよ」
恭一はそのまま、奥の重厚な黒い扉の前に立ち、三回軽やかにノックをした。
「社長! 相良です」
中から「おう」という低いしゃがれ声が聞こえてくる。
「失礼します!」
扉をガチャッと開くと、そこは再び別世界だった。そこにはなぜか海があり、砂浜があり、ビーチパラソルの下のレジャーシートの上に、一人のおじいさんが寝転がっていた。
葵と恭一の服装も、TPOに合わせたアロハシャツにビーチサンダル姿にいつの間にか変わっている。葵はもうツッコむことをやめた。
「社長、お伝えしたいことが」
「うむ。南波が離脱して最初のエイプリルフールである今日に発生した負のエネルギーを溜め込み、悪用しようとしていること、およびそれと並行して〝適性〟のある若者をどんどん自分の陣営に引き込もうとしていることだろ?」
社長が涼しい顔でそう言った。
「え! なぜそれを?」
恭一は漫画の主人公のように目を見開いて盛大に驚いた。
「そんなものお前以外みんな気付いてる。知らないのは会議中もYouT〇beを見続けているお前くらいのものだ」
社長の声のトーンは変わらない。
恭一はもはや声も出ていないが、目玉が完全に飛び出しているので、相当動揺しているのだろう。
「君は…… 齊藤葵くんだね」
社長が葵の方に向き直った。
「え、私のことを知ってるんですか?」
「うむ。君のことは昔から注目していた。八年前、君ほどの能力者を適正年齢内に見つけられなかったのは我々の組織としても大きな問題になったのだよ」
やっぱり把握されていたんだ…… 葵は恭一の方をジロリと睨んだ。
「彼が知らないのは無理もない。君がこの街に引っ越してきたのは六歳、小学一年生のときだっただろう? 彼も同じ齢だからな。まだ修行中の身だ」
「そうか、それで知らなかったんだ」
葵がポンと掌を打つ。
「いや、当時は会議中ゲーム三昧だった」
社長が表情を変えることなく言い切った。
「そう…… でしたっけ? あはははは」
恭一が頭を掻き掻き、額から汗が噴き出ている。
「いや、会議そんな無法地帯で良いんですか? めちゃくちゃ重要な仕事なんでしょ?」
葵は心配になった。こんな人たちに世界の安寧を任せて良いのだろうか?
「拉致ってきてる負い目があるから何されててもあんま何も言えない」
いや、拉致ってるって言っちゃったよ!
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