Scene9
ダメだ…… なんにも起きない…… もう陽が傾きかけていたが、世間はあまりにも平和で平凡だった。大体、いくら今まで葵が幻覚を見てきたといっても、見ようと意図してきたわけではない。ふとした時に見えてしまうから、迷惑だったのだ。
正確には、何件か怪しいのはあった。道端を走っているウサギを捕まえたら、すぐにペットショップの店員が追いついてきた。
有名なアニメキャラが歩いていたのでついていったら、そのままコミケ会場に消えていった。路地裏のゴミ箱の中、トイレットペーパーホルダーの蓋の裏…… 探せるところは全て探したはずだ。
よろよろと駅前のベンチにたどり着き、座り込んだ葵は途方に暮れてうつむいた。やはりこっちから彼らを探し出すというのはそもそも無理な話だったのだろうか。少しして、隣に誰かが座った気がした。
顔を上げた葵は仰天した。そこに金髪姿のとんでもないイケメンが座っていたからである。
ああ、これは幻なんだ。あまりの事態に衝撃を受けながらも、葵はそう納得した。だってずっとこの辺りに住んでいるが、こんなイケメン見たことがないんだもん。
恭一達がこのイケメンを消滅させにくるのではないかと、辺りをきょろきょろ見回したが、一向にやってこない。一方でこのイケメンは、そんな葵を涼しい顔で見つめていた。
「誰を探しているんだい?」
うわ、喋った。葵はおののいた。
「〝幻〟を探していたんじゃないのかい、齊藤葵? 自分の力を引き出すために」
え、なんで私の名前を知ってるの? てゆーかあなたは誰?
「そんな怪訝そうな目で僕を見ないでくれよ。これから長い付き合いになるんだしさ」
え? え? 長い付き合いって? え、え、何言っているのこの人? どういうこと?
「じゃあ、またね」
そう言って立ち上がったイケメンは、颯爽と去っていった。
え…… 葵はキュンキュンきていた。好きになりそうだった。恭一の男らしい凛々しさも確かに良いが、優しくて、上品、ジェントルマンなこのイケメンもだいぶポイントが高い。
向こうはなぜかこっちを知ってるみたいだったし、プッシュの仕方によっては良い関係になれるのではないだろうか?
そう夢見心地になりながら突っ立っていたら、葵はまた仰天することになった。探していたはずの恭一が鬼のような形相で葵の胸に飛びこ……もとい、走ってきたのだ。
「大丈夫か? なにもされなかったか?」
「え、なんで?」
「名乗らなかったのか? あいつが南波だ。今日の昼、俺たちを襲ったやつの親玉だぞ」
え、嘘、あれが南波なの? それこそ、もっとア〇キン・ス〇イウォーカーみたいな激情型だと思ってた。けっこう冷静で大人の余裕があるタイプじゃん。
「いやいや、実際に闇堕ちしたら、ああいうタイプが一番こわいんだぞ?」
「あの人、私の名前知ってた……」
「まじかよ! でたわー、あいつの本領発揮してるわー」
「私ってそっちの世界でそんな有名人なの? 私の力も知っているみたいだったけど」
「いや、弊社では情報回ってないな。俺も君のことは知らなかったし」
「じゃあ、むこうは知ってるかもってこと?」
「そうやって何でも分かってます感だすやつ、アタシ嫌い!」
恭一が急に女性口調になった。やっぱりこの人の方こそ、まだ全然読めない。
「人数的にはまだ向こうが少ないからな。リクルートを活発化させてるのかもしれん」
真面目なトーンに戻り、そう言った恭一は分かりやすく頭を抱えた。
「え、じゃあ、あいつんとこ、勢力拡大してる……?」
「そう……なんじゃない?」
「うわー、まじか、ごめん俺もう行かなきゃ。対応を協議する」
じゃ、と言って恭一が走り出そうとする。葵も思わず手を振って見送りそうになったが、すぐに目的を思い出して両手で恭一の腕をものすごい力でつかんだ。
「ちょっと待ってよ! 私も連れてって!」
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