現在 葵  数日後

Scene41

 目覚まし時計の音と共に、葵はガバッとベッドから跳ね起きた。今日は始業式。今日から、高校二年生だ。

 エイプリルフールの日の最後の方のことはほとんど覚えていなかった。二回目に風船オバケに突っ込んだあと、とんでもない爆発がおきて、そこで記憶は途切れていた。目が覚めたら、自分のベッドの上だった。

 そこからが大変だった。どうもその晩、深夜0時になるころ、金髪の若者が気を失っている葵をお姫様抱っこして玄関のベルを鳴らしたらしく、あれは誰だと父親がいきりたって鬼のように問い詰めてきた。

 南波くんかなあ。そんな父親を無視しながら、葵は南波にお姫様抱っこをされている妄想をして、キャーーと顔を手で覆った。

 あれから、葵はあの能力のことを考えることはやめていた。できるのか試してもいないし、裏の廃校も訪ねていない。あれだけの大仕事をしたのだ。葵は疲れていた。

 葵はしばらく、ダラダラと春休みを満喫していた。どうせ、学校に行けば恭一がいる。話をするのはそこでいいだろう。

 そうしている内に始業式の日になった。やはり気になっていたのだろう。本来なら目覚まし時計の音で一発で起きられる葵ではない。

 いつもより三十分ほど早く学校に着く。それでも、新クラス発表の掲示はすでに張り出されていた。

 ええと、齊藤、齊藤……と。あった。三組だ。その真下に、相良恭一の名前があった。あ、恭一も同じクラスだ。やったあ。

 意気揚々と三組のクラスに向かう。席は案の定前後だった。そして、葵の席の真後ろに、恭一はすでに来ていた。

「おはよーー」

「お、おはよう。朝から元気だな」

 恭一は、あんなことがあったのに、普通のトーンで話してくれた。風船オバケは破裂してから消滅し、恭一と南波で色々と後始末をしていたらしい。幸いなことに、怪物オバケが発生させた災害で、怪我をしたり、亡くなった人はいなかったそうだ。

 俺たちではやいこと対処したおかげだな。と言って恭一は笑った。南波は葵を家に送り届けてから、姿を消したそうだ。そのようなこともあって、南波はこれだけのことを犯した張本人として、あの業界で指名手配されているらしい。

「へー、大変だね」

 葵がそのように相槌を打っていると、

「何の話してるの?」

 と後ろから聞き覚えのある声がした。葵は振り返ってぎょっとした。そこには、その当の南波快斗がいたからだ。

「え! 何でいるの?」

「え?」

 南波は南波で、キョトンとしている。

「いや、元々南波と俺たちは同じ学校だぞ。そして今年は同じクラスだ」

「そうなの?」

 クラス分け表を、下まで見てなかった。

「ちなみに、俺たちはこいつが組織に入る前からの幼馴染だ」

「えー!!」

「だって、あなた達、こないだまで敵対してたんじゃないの? 南波くん、今だって指名手配されてるんでしょ? こんなとこいていいの? 恭一も、捕まえなくていいの?」

「仕事とプライベートは分けるタイプなんで」

「同じく」

 二人がそろってVサイン。

「それより葵ちゃんさあ、あの次の日、駅前来てくれなかったよねえ。九時に待ち合わせって言ったじゃない」

 え、なんのこと? 葵は記憶を遡る。あ、と思い出した。初めて会ったときか。あの約束有効だったの? あれから色々ありすぎたし、そのあとも実際に会ってるし。

「待ってたんだから」

 話を詳しく聞くと、あれはやっぱりデートの誘いだったらしい。母との再会云々が終わってから、ゆっくり葵と会いたいと思っていたそうだ。

 というかそれよりも、葵は南波が次に言ったことに驚愕した。

「え、南波くんって、あの狼少女の名付け親のあいつだったの! あのクソ野郎?」

「手厳しいなあ。それをずっと謝りたかったんだよ」

 南波は苦笑する。

「全然気づかなかった……」

「姓を変えたのが中学生になってからなんだよ。だからあの時とは名字が変わってるんだ」

「そうだったんだ……」

 そうだよね。南波とかいう珍しい名字だったら、すぐ気付くもんね。

「でも、お母さん。残念だったね。本当はもうちょっと違う形で会いたかったんでしょ?」

 葵は話題を変えた。昔の遺恨については、水に流すことにしよう。

「そうだね…… でも、まあ、仕方ないよ。やれることはやったし」

 南波は少し悲しそうだが、どこか晴れ晴れしい表情をしていた。

「結局、こいつが会った母親は、こいつの中の記憶から具現化されたものにすぎない。だから要はこいつが納得するかどうかが重要だ」

 恭一が冷静に言った。

「そんな言い方しなくたって……」

 葵が恭一を非難するように見た。

「まあ、でもお前が会った母親は優しかったんだろ? 母親がお前を愛していたかどうか、そもそも疑う必要があるか? もっと自分の母親を信じたらどうなんだ」

 それを聞いた南波の目から、ようやく翳りが消えた気がした。

「そうだね。考えすぎたのかもしれない」

「やっぱり、恭一は優しいんだね」

 葵はニヤニヤ笑っている。

「とりあえず、これから一年間よろしく」

 予鈴のチャイムが鳴った。南波が、少し離れた席まで戻る。

 

 これから、楽しくなりそうだ。



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エイプリルフール・トゥルーストーリー 日向 満家 @hyuga_mitsuie

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