Scene16

 戦闘機の中の二人は何が起きているか全く知覚できていなかったが、戦闘機は光の柱の中に入った瞬間その向きが直角に曲がり、天に向かってさらに速く突き進んでいた。

 その光は雲のさらに向こう、空と宇宙の狭間くらいの高度まで達していた。そこにはとてつもなく大きな光の円盤があり、そして戦闘機が光柱に突っ込んだわずか三秒後には、二人はそこに到達していた。

「うーん……」

 葵が目覚めた時、もうそこは戦闘機の中ではなかった。そこはただっぴろい光る空間で、何もなかった。辺りを見回すと数メートル先に、恭一が倒れていた。

「恭一!」

 まだ動くのもままならない身体で、何とか恭一の側に駆け寄る。

「お、おお、無事だったか……」

 恭一も既に目覚めていた。

「危なかった。俺が最大限のパワーでバリアを張っていなかったら二人とも消し炭になってたところだったよ」

 え? やっぱりそんな危ないところだったの? 葵は恭一をジロリと睨んだ。

「今でも二人の身体にバリアを張ってるけど、これを解くとどうなるかは全く分からない。酸素もろくになさそうだからな」

「え?」

 そういえば、葵の身体は今も恭一が普段手から出しているオレンジの光に覆われていた。

「ずっと最大の力を出し続けてるから、もうクタクタだよ、いつバリアが切れてもおかしくない」

 その言葉に従うかのように、オレンジの光が途切れ始めた。

「え、ちょっとそんな! まだ死にたくないんだけど私! ねえ、あんた、責任もって私を無事に返しなさいよ!」

 瀕死の恭一に向かって、葵がギャンギャン吼える。

「じゃあ…… な……」

 恭一の頭がガクっと垂れる。

「ちょっと、恭一ーーーー!!!!」

 葵はその横でへたり込んで悲嘆に暮れた。


 そんな時だった。あの優しげな声が聞こえてきたのは。

「バリアは解いても大丈夫だよ。ここは危険なところじゃない。君たちも……来ちゃったんだね……」

 葵がバッと振り返ると、南波がたった一人で近づいてきていた。

「あんた!」

 葵が声を上げたその瞬間に葵を覆うバリアが解けた。

 えほっ えほっ えほっ 酸素を求めて、葵の顔が歪む。だがすぐに、普通に呼吸ができていることに気付いた。

「あれ、私まだ生きてる」

「いや、出会った直後のバズ・ライ〇イヤーか!」

 再び聞いた事のある声が。

 葵が顔を上げると、南波一味の黒髪のお兄さんが歩いてきていた。

「亮助、皆の様子はどうだい?」

 南波が声をかける。いつもよりさらに優しい声だ。

「ああ、みんな順調に。〝再会〟を喜んでるよ」黒髪のお兄さんの声も、今度はとても優しげだった。

「そうか、じゃあ、僕たちも戻ろう」

 二人がそろって踵を返して去って行こうとする。

「ねえ、ちょっと待ってよ! ここはどこなの? 私達はどうなるの?」

「え?」

 二人が笑顔で振り返った。しかし葵は、その虚ろな瞳に背筋が凍った。

「ごめんね、葵ちゃん。君たちのことを気遣ってあげたいのはやまやまなんだけど、今それどころじゃないんだよ」

 そう言って、二人はやっぱり立ち去ろうとする。

「ねえ、ちょっと待ってよ!」

 だが今度こそ、二人は立ち止まろうともしなかった。

「そうか、南波…… お前がここに作ったのは〝天国〟なんだな」

 それまで隣で死んでいた恭一が、首だけ起こして南波の後ろ姿を見据えた。

「え、天国?」

 葵が恭一と南波を交互に見る。恭一の言葉を聞いて、南波と黒髪短髪の男―亮助はようやくその歩みを止めた。しかし振り返ることはしない。

「お前達は嘘を真にする負のエネルギーを膨大な量集め、人々が夢見る天国を具現化した。そうだろ?」

 南波はまだ振り返らない。

「天国ってここが? 確かに明るくて、あったかくて、ここにいるだけで幸せな気持ちになるけど」

 恭一のバリアが解けて以来、葵はそれまでの長い一日が嘘のように疲れがとれ、体力が回復していた。それは恭一も同じなのか、むっくりと上半身を起こした。

「天国といっても比喩的な〝楽園〟という意味じゃない。本来の意味の、死後の世界、死者が逝く世界のことだ」

「え……」

 葵は手で口を押さえた。

 南波が何も言わない分、恭一が言葉を続ける。

「三年前に亡くなった母親に再会するため、お前は天国を創り出した。お前について行った仲間達も皆、誰か親しい人を亡くしたやつらなんだろう?」

「そうだよ」

 南波がやっと振り返った。

「ようやく分かったんだね。そっちに潜入してるスパイの話じゃ、僕らの共通点は会議で随分前に話し合われてたはずだけど」

「え、そうなの?」

 それまでのキメ顔が嘘のように、キョトンとした顔で恭一は葵を見つめた。

「いや、やっぱあんた会議サボってんじゃん!」

 間髪入れずに葵が吼える。

「ま、まあ、とにかくだ」

 恭一が一瞬の内に元のキメ顔に戻る。

「なあ、南波、死んだ母親に会いたい気持ちもよく分かるが、各所が迷惑を被ってる。即刻止めて、撤収しろ」

「気持ちがよく分かる?」

 南波の顔色が変わった。

「お前に何が分かる! 両親とも健在で、ずっと親の金でヲタ活してるお前にこの気持ちが分かってたまるか!」

 南波がここまで感情をムキ出しにしたのを見たのは、葵にとって初めてのことだった。しかし、すぐにまた余裕のある笑顔に戻った。

「やっと実現したんだ…… 随分長い間研究をした。これほどの負のエネルギーが集められるのはエイプリルフールしかない。今年も実現できるか危ぶまれたが、何とか間に合ったよ。これを逃すと、また一年待たなくちゃいけないからね」

 南波と亮助は再び歩き出した。

「じゃあね。誰も僕たちの邪魔はできない」

「そうはさせんぞ!」


 恭一は両手からエネルギーを放出し、大きな光の渦を作り出した。それを頭の上に掲げる。

 その渦から一匹の龍が天高く立ち昇った。そう、それはまるでド〇ゴンボールの神〇のように。そしてその龍が大口を開け、南波に向かって一直線に下降する。


 しかし南波は全く慌てることなく、手を軽く一振りするだけで、その龍を跡形もなく消し去った。

「さすがだな。これほど負のエネルギーが満ちた空間で、正のエネルギーをそこまで操れるとは」

 恭一は苦虫を噛み潰したような顔でそう言った。葵は慌てて恭一を止めにかかる。

「恭一! ねえ、何してんの! 行かせてあげようよ。お母さんが亡くなってるのなら、会いたいに決まってるじゃん」

「その代償で、この世界から人が消えていっているのにか」

 恭一はキッ と葵を見た。

「え……」

「これだけの負のエネルギーを一つのところに集めるんだ。嘘を真に、幻を現実にするその力の反動のせいで、今世界から現実にいる人々がどんどん消えていっているんだぞ。お前のご両親だって、愛しのもえたんだってそうだ。こんなことは、今すぐやめさせないといけないんだ!」

「そうだったんだ……」

 葵は茫然とした。これのせいで、私の家族が……

「お前だってこんなことすればどうなるかぐらい、分かってただろう!」

 恭一が南波に向かって叫んだ。

「今下ではなあ! どんどん人が消えていってるんだ、お前のせいで! このままだとこの町、いやこの世界が滅んでしまう。お前の望みを叶えるために、そんな犠牲を出しても良いとお前本当に思ってるのか?」

 南波の表情から少しだけ余裕がなくなり、わずかに曇った。

「そう……だったんだね」

 声も少し震えている。

「何かの代償はあると思ってた。これだけのことをするんだから。でもこの力のことは詳しくは誰も分かっていない。僕たちに止まる理由はなかったんだ」

「ああ、だが実際に起こってしまった。とんでもないことだ。もうやめろ、南波」

 南波は少しの間だけ逡巡した様子を見せた。だが、次に葵たちの方に向けた眼差しは、再び芯のあるものに戻っていた。

「いや、だめだ。もう後戻りはしない。何が起ころうが僕は、母に会わなければいけないんだ!」


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