Scene2
十一杯目のコーヒーを頼んだところで、葵はふと窓の外ではなく、ステンドグラスに目を向けた。
それまではほとんど意識してなかったが、よく見ると青・緑・紫を基調とし真ん中に人魚が優雅に泳いでいる、なかなか綺麗なデザインだった。中学時代に美術部だった葵の創作意欲が、少しだけ疼く。
恭一が現れないことへの落胆も一旦忘れ、葵はそのステンドグラスに見入っていた。じっと見つめていると、その人魚の尾ひれがわずかに動いた気がした。
葵は一瞬動揺したが、すぐに窓の外に再び目を向けた。もう、錯覚に心ときめかすような年齢ではない。
すると、目を向けたその先に一人で歩いている人影があった。外が見える狭い部分から目を凝らすと、それは待ちに待ったあの恭一だった。しかも、この店の入口のほうに向かって歩いてくる。
え! 葵の胸がときめいた。なんて声をかけよう。えーと。あ! 相良くんじゃない? 偶然だね! この店はよく来るの? うん。これでいこう。それでいつ話しかけるかだ。
扉が開いてすぐは不自然だし、席に着いてから? いや、わざわざ立ち上がってそっちに行くのも不自然だろう。
などと色々思い悩んでいたが、いつまで待っても恭一は入ってこなかった。あれ? でも彼の進行方向の先にはここの入口しかなかったはず。葵は、なんとか外の様子がもっと見えないかと、窓の内側でもがいた。
さらに次の瞬間には、いてもたってもいられず立ち上がって扉を開ける。店員は、『ちょっとお客さん! お会計!』などとベタなことは言わなかったが、あっけにとられてそんな葵を見つめていた。
扉を開けても、そこには恭一はおらず人影もなにもなかった。消えた? 恭一も幻覚だったの?
いや、そんなことはない。今までありえないような幻覚に悩まされてきた葵だったが、そんな今までの経験とは反して、今となっては超がつくほど現実主義な性格に育っていた。
どこかにいるはずだ。葵は素早く辺りを見渡した。
案の定、この店と隣のレンガ作りの古めかしいビルとの狭間に細い路地があった。急いでそこを覗き込むと、間一髪、奥をさらに左折しようとした恭一の後ろ姿をわずかに捉えることができた。
反射的にその路地に駆け込もうとしたとき、葵はガッと二の腕を掴まれた。それも結構強めに。思い当たるところはあったので恐る恐る振り返ると、長居していたせいで顔もすっかり覚えてしまった喫茶店の店員さんの凄く怖い顔が、そこにはあった。
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