Scene3

 約三分後、ぺこぺこ謝りながら店を出た葵は、迷いなく路地に足を踏み入れたが、目視で確認できるところに恭一はいなかった。

 エアコンの室外機や青いゴミバケツの隙間をぬって、ゴミやネズミの死骸(初めて見た)を跨ぎ越えながら数分かけて突き当りまで到達すると、左方向に一本の道が延びていた。

 不思議なことにその道は妙に綺麗だった。コンクリートで舗装こそされておらず土がむき出しだったが平らで、蜘蛛の巣一つない。一方でその狭い道を挟むのっぺりした壁はくすんだ灰色で、窓一つない。

 その道の異様さに、それまで小汚い道を進んできた葵は逆に恐怖を覚えた。歩きやすい道を、さっきよりも遅いスピードで進む。

 右側に、木でできた扉があった。近代的なビルにはそぐわない、中世的な古めかしさがある。

 恭一の姿も見えない今、途方に暮れて立ち尽くしていると、「おいおい、なんでここに入れてるんだ」と驚きと呆れが入り混じったような声がした。

 この声の主を間違うはずがない。恭一だ。それまで感じていた違和感や恐怖など一瞬で吹き飛んだ葵は目を輝かせて後ろを振り返った。

「えっと…… 君は佐藤さん…… だったっけ?」

 恭一は葵に対して、どう接していいのか計りかねている様子だった。

「齊藤ですっ」

 声は上ずっていたが、葵は少し落胆した。一年間も同じクラスだったのに……

「ああー、ごめんごめん。そうだったね。齊藤さんだ」

 恭一は葵に寄り添ったような口調ではあったが、目の奥は冷静さを保ったままだった。迷い込んだこの小娘をどう料理してやろうか、そう思案している狼にも見える。

「ええと、道に迷っちゃって……」

 今度は、少し冷静さを取り戻した葵のほうが焦り始めた。ここは明らかに自分がいて良い場所ではないと感じ取っていた。

「ああー、そうなんだ。でもこんな細い道にどうして。そこ、通りにくかったでしょ?」

 恭一は今まで葵が通ってきた道を指さした。

「いえ、あのー結構好奇心旺盛な方でして…… 冒険するのが好きなんです!」

 葵は苦し紛れにそう答えた。葵は自らの恋愛感情をずっと胸に秘め続けておくようなおしとやかなタイプではなかったが、さすがに本人を目の前にしてあなたを追いかけてきましたとは言えなかった。

「へー……」

 当然のごとく、全く腑に落ちたという顔をしていない。葵の方も、その後何と言葉を繋いでよいかわからなかった。とにかく気まずい。

 

 いたたまれなくなった葵が足下に目を落としたときだった。ゴゴゴゴゴゴゴ……という音がした。地鳴りだろうか、わずかに地面が揺れる。徐々に振動が大きくなってきた。立っているのが難しくなる。葵は少しふらついたあと、その場にしゃがみこんだ。

「おい……おいっ、大丈夫か」

 恭一が心配そうに葵の肩に手をかけた。

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