Scene34

 葵の視線の先に、天空より落下してくる人影が見えた。

「恭一!?」

 それは、傷だらけになった恭一だった。だいぶ黒ずんでおり見えにくかったが、ビリビリに破れた衣服の柄が、さっきまで恭一が着ていたのと同じだった。

 どうしよう! 葵はパニックになった。このままじゃ、恭一が死んじゃう!

 社長は? 葵は急いで、社長が立ち去った方向を見たが、もう影も形もない。今の葵には、助けを求められる人はいなかった。

 でも、あの恭一のことだ。あれくらいのこと、自分で対処できるだろう。どうせ、落下する直前にあの龍でも創り出して、飛び去っていくはずだ。

 それにさっき、恭一に〝君はいらない〟と言われてしまったのだ。葵の助けなど、恭一には不要だろう。

 葵は一旦そう思ったが、すごい勢いで頭から落ちてくる恭一を見ていると、やはり自分が助けなくてはいけないとすぐに思い直した。どうも恭一は気を失っているようだ。

 葵は走り出した。恭一は、もうだいぶ地上に近づいている。やばい、やばい。もう間に合わない! 

 何か、何か出てこい! 葵が一心不乱に手を前に突き出す。だが、その手の先からは、恭一がやっていたように巨大な龍が現れることはない。

 もう! こんなときに限って! 葵は自分の非力さを、改めて呪った。恭一はもう地面まで二十メートルもない。もうダメだ…… 恭一が死んじゃう……

 葵の中で、怒りがこみ上げてきた。恭一をあんなにした風船オバケに。そして、自分のふがいなさに。

 葵は、自分の走るスピードが急激に上がった気がした。あれ? なんか私飛んでない?

 それは走っているというより、滑空だった。地面をひと蹴りするだけで、走っている道の上を何十メートルも進むことができた。

 すごい! これなら間に合う! 葵は後先考えることなく、恭一の落下地点に手を差し伸べながらヘッドスライディングした。

 その結果、葵は恭一を受け止めることができたが、そのまま突き当りのブロック塀に突っ込むことになってしまった。

 葵は咄嗟に恭一にダメージがいかないように、恭一の身体を抱きしめて自分を盾にした。葵の背中に、強い衝撃が走る。ブロック塀の方が豪快に砕け散る。

 やばっ 死んだかも…… 葵は後から、自分の無謀すぎる行動を後悔した。しかし、衝撃は感じたが、不思議と痛みは感じなかった。あれ?

 恭一も、葵の腕の中で、わずかに動いているので何とか無事っぽい。しかし意識はまだ戻っていない。そんな恭一を心配そうに見つめていた葵は、自分の腕や身体に異変が起きていることに気付いた。

 葵の全身を、淡いピンク色に輝く鎧が覆っていた。よく子どもむけアニメで見るようなかわいらしい魔女っ娘のデザインも兼ね備えた、大作洋画クラスのゴツさのアーマーが葵を護る。

 そういうのが好きな類のヲタクであったのなら、目を輝かせて驚いたのだろうが、不幸なことに、葵はそんなの全く興味がなかった。

「うわ、なにこれカナブンみたい」

 金属質の独特の光沢を見て、葵は眉をひそめる。そのうえ、このアーマーはところどころ肌の露出がひどく、アーマーじゃないところは葵の素肌が見えていた。

「ま、いいか。これのおかげで助かったんだろうし」

 葵は、今度は恭一をよく見た。葵と最後に別れたときより、外傷がひどい。たくさんの切り傷に、ところどころ焦げ臭いにおいもした。どんな攻撃をくらったのか知らないが、意識はまだ戻っていなかった。

 そんな恭一を見た葵は、再び怒りがこみ上げてきた。私の恭一をこんな目に遭わせやがって。

 葵は、その場に人をダメにする系のクッションを出現させ、恭一を寝かした。そしてキッと上空を見る。今の私ならいけるはずだ。いつもは感じられなかった、周囲の正のエネルギーと負のエネルギーを鋭敏に感じる。葵は自信に満ちあふれていた。

 葵は軽くジャンプした。思っていたより身体が持ち上がる。それほど踏ん張ってもいないのに、二、三十メートルは飛び上がった。うん。やっぱりいける。

 着地した葵は深く沈みこんだ。このアーマーは、ゴツゴツしているくせに、これだけの動きも楽々にこなせる。葵は、勢いよく飛び上がった。

 今度は、私が恭一を護る。


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