第24話 嵐

 今日は、朝から大雨である。

 昨日の強風が雨雲を連れてきたのかもしれない。

 遠くで、雷の音が響いている。


 この大雨のせいか、アダリヤもうさぎも、朝食にあらわれなかった。


ーーアダリヤ、ちゃんと食べてるかな……。


 セリムも気分が落ち込み、何かを作る気力がなかった。

 残っていたパンチェッタと昨日の残りのポポンタでスーブだけ作って飲んだ。足りなかったのか、ノエルはモリンゴをかじっていた。


「あーあ、天気がよかったらダンジョンに行けたのにー」

 ノエルはつまらなそうにつぶやいた。


 この雨は、ちょうど良かった。

 セリムは、落ち着いて今までのことを考えたかった。

 目を閉じて、今までのことを振り返ろうとした。


 だが、その時、白い毛玉が視界に入った。

 嵐の音に紛れてやってきたようだが、セリムも、さすがに同じ轍を踏むことはない。

 うさぎが飛び上がった瞬間に、頭を低くして、うさぎの襲撃を避けた。


 そのせいで、セリムの奥にいたノエルに、うさぎのキックが命中した。


「ぐぇぇ」

 腹に命中したのか、ノエルはくの字に折れて悶絶した。


「あんた! 何で避けるのよ!」

「むしろ、何で避けないと思うの……」

 うさぎのことは、少し理解できると思っていたが、やはり、理解できないセリムだった。


「セリム……」

「あ、ノエル、大丈夫?」

 腹を抑えたまま、見上げてきたノエルを気遣うも、彼はぐったりと横たわった。

「俺、寝るわ……」


 ノエルは、気まずい雰囲気が本当に苦手である。

 これは、彼なりの配慮で、セリムとうさぎで徹底的にやりあえということである。

 

 セリムはうさぎと真正面から対峙した。


「あんた、昨日、リヤに何したの」


 アダリヤは、機能のことをうさぎに話したのか?

 セリムはうさぎに詰め寄られるようなことを、アダリヤにしただろうか。

 もしかして、ぼんやりしているうちに、何かしてしまったのだろうか。


「え、何、セリム、リヤちゃんに手を出しちゃったの? だから心ここにあらずなわけ?」

「うるさいわよ、三編み! あんたは黙ってなさい」

 ガバッと起きてきたノエルは、一瞬でうさぎに沈められた。


「あの子、昔のことを、夢で見たって、泣いてんのよ!」

「……」


 あれは、アダリヤから言い出したことで、セリムが言い出したわけではない。

 だが、セリムと話をすることで、いろいろなことを思い出してしまったのだろうか。


「うさぎ、泣いているアダリヤを置いてきたのか」

「そんなわけないじゃないの。強制的に寝かせてきたわ。眷属たちが様子を見てるわよ」


 セリムはホッとした。

 今、この瞬間にも、アダリヤがひとりで泣いているかと思うと、胸が潰れそうだった。


「もう一度聞くけど、あんた、あの子に何したの」

「何って……」


 アダリヤは、うさきが悲しむから島の外の話、父の話はしたくないといった。

 その話を、彼女がいない前で、してもいいものだろうか。


 そこに、セリムの葛藤を見抜いたように、苛立ったうさぎが脅してきた。


「隠し事したら、あんたのためにも、リヤのためにもならないわよ」


 聖獣の凄みというのだろうか、有無を言わさない雰囲気をまとったうさぎに、セリムは重い口を開いた。


「……本土へ父を探しに行きたい、という話だよ」

 うさぎは、ため息を吐いた。


「あんたにその話をするなんて、運命って残酷ね」



 嵐は過ぎ去ったようで、風は止み、雨は上がっていた。

 しかし、いつでも雨を降らせるような雲がどんよりとしている。


 セリムとうさぎの間にはピリピリした空気が漂っていたが、その空気を破ったのは、当のうさぎだった。


「三編み!あんた、あたしの洞穴で、リヤをみてなさい」

 突然、声をかけられたノエルは、ビクッと肩を震わせた。


「コルマールの坊っちゃんは、アダリヤのためを思うなら、あたしについてきなさい」

 うさぎはくるりと後ろを向くと、刺々しい言い方で、セリムについてくるよう言い放った。


「どこへ行くんだ」


 このうさぎのことだ。

 アダリヤに害になると思えば、もしかしたら、人間のひとりふたりは、どうにかしてしまうかもしれない。


 何も聞かずについていくには危険すぎる。

 教えてくれないだろうとは思ったが、聞いてみると、うさぎは、あっさり教えてくれた。



「ダンジョンよ」




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