第4話 第11島

 人が行き交う港町ジルから東に10分ほど歩くと倉庫街があり、端に小屋があると手紙には記されていた。

 

 「あの」

 小屋に入ると、すぐにカウンターがあり、人が腕を組んで座っていた。

 声をかけると、ぎょろりとした目に大きな鼻の、昔話に出てくるトロルのような顔がこちらを向いた。

 

「僕ら、この手紙を見てきたんですが」

 トロルは手紙を受け取ると、文面を検めた。再びぎょろりとこちらに視線を向けると、かすれた声で尋ねてきた。


「すぐに出ますか」

 見た目にそぐわず紳士的な対応だった。


「はい、できれば早いほうが」

「では、こちらに」


 トロルはカウンターから出てくると、曲がった腰に腕をあて、海の方に向かって歩き出した。


「あなたは……」

「私はアルフォンスと申します。シリル様から、この小屋とあの島の管理を任されています」


 どうやら、トロル改め、アルフォンスは祖父と面識があるようである。

 セリムは祖父と長い時間を共有してきたと思っていたが、知らないこともあったようだ。祖父の知らない一面を垣間見た気がして、なぜか悔しく思った。


「シリル・コルマールが亡くなったのはご存知ですか」

「はい、昨日の新聞で知りました。なので、近々、あなたが現れると思っていました。セリム様」


 感情のわからない表情で、そう告げられた。

 名前も告げていないのに、セリムの名を知っている。

 セリムは、ゴクリと唾を飲み込むと、もう逃げることはできないのだと、腹をくくった。


「ノエル、本当にいいのか」

 振り向きざまに後ろにいたノエルに尋ねると、鍋をひとつは抱えて、もうひとつは被って、目を丸くしていた。


 ノエルは、今なら、まだ引き返せる。セリムはノエルをこんな面倒ごとに巻き込むのは、未だに気が引けていた。

 

「ああ。もう鍋も買っちまったしな」


 ノエルは鍋を撫でながら、こともなげに、まるで、今晩の夕食を決めるような軽さであっけらかんと言い放った。


「……そうか」

 

 セリムは、この優しい乳兄弟に感謝した。


 4人乗るのが精一杯くらいの大きさのボートに乗り込むと、アルフォンスも一緒に乗り込み、オールで漕ぎ出した。腰が曲がっているのに、上手いものである。


 第11島が浮かぶこの海は、大きなCの形をした陸地に囲まれた内海で、ボートでも十分に渡れる穏やかな海である。

 

「それにしても、あの島、本当に地図にないんだな」

 ノエルはセリムが持ってきた地図を見ながらつぶやいた。

「侯爵家が所有する島らしいけど、地図にないということは、最近見つかった島なのかもしれない」


 セリムは昨日考えていたことを話した。

 アルフォンスから何かしらアクションがあるかと観察したが、船頭に集中しているのか反応はなかった。


「じーさんの宝が埋まってたりしてな!」

「お祖父様はそういうタイプではないよ」

 

 あの、聖人君子で堅物そうな祖父が宝を島に隠すなんて海賊のようなことをするとは思えなかった。

 

「いや、あーいうのに限って、お宝を隠してんだよ」

「いくらノエルでも、あんまりなことを言うと怒るよ」


 ノエルは祖父とも面識があり、恐れることもなく『じーさん』と呼んでいた。なので、セリムもある程度の毒舌は容認しているが、度をすぎるとむかっとする。

 

「すまんすまん。でも、そう思っとくほうがおもしろいじゃねーか」

 ノエルはケラケラと笑っていて、セリムは毒気を抜かれてしまった。

 

 そうこうノエルと話をしているうちに、陸地が近づいてきた。見渡す限り木々で覆われており、人気は感じられなかった。


「では、私は10日に一度、午前中にこちらに参ります。お代は既にシリル様からいただいておりますので、必要なものがあれば、その際にご用命を」

 アルフォンスは、決まっていたかのようなセリフをスラスラと言うと、お辞儀をした。


「えっ、10日に一度ですか?」

 セリムは、まさか、本土との行き来が制限されるとは思っていなかった。

 手元に船が残り、自分たちで必要に応じて本土に戻れると考えていたのだ。


「はい。私の本職は別にありますので」

 無表情のままのアルフォンスから、それが本気であることが伝わった。


「こちらから呼ぶことは……」

「できません」

「船を置いて行ってもらうわけには……」

「わたしに泳いで帰れと?」


 大きな目でギョロリとこちらを見たアルフォンスに、ふたりとも引いてしまった。


「そ、そうですよね……」

「では。お二人に幸運がありますように」


 そうしてアルフォンスは、ディーベ教の別れの挨拶を行うと、さっさと帰っていってしまったのである。

 

 ――まぁ、塩さえあれば、いろいろ食べるにも困らないし、追々揃えていけばいいか――

 セリムは、このとき、そんな風に考えていた。

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