第3話 港町ジル

 港町ジルは、突き出た半島の南側に位置している。軍港の名残もあり、武器や防具を扱う店も多い。

 王都のような華やかさはないが、レンガ造りの実用的な佇まいの店が並んでいる。


 それに、除隊した元兵士たちが冒険者になることが多いので、冒険者御用達の店も数多く揃っているし、鍛冶屋も多い。


「へぇー、こんなのまで出てんだな」

 ノエルが、店頭に飾ってあるディッシュスタンドの皿をまじまじと見つめて言った。


「ああ、第三王子誕生記念の食器な」

 この国では、記念日が近くなると王家の姿絵があしらわれた記念品が売り出される。今回は第3王子生誕記念である。

 こんな王都から離れた港町にも、これが置かれているのである。


国から王太子妃が来て、もう8年か」

「そうだな。あんなことで終戦するなら……」


 隣国アイキオとこの国は、長らく敵対関係で、休戦時期を挟んで200年近く戦争をしていた。


 200年近く戦争をしていれば、国も疲弊しそうなものだが、長く続けられたのは、主戦場となったのが、アイキオの属国であるレンホルムだったからである。


 つまり、お互いの国土はほとんど傷がついていないのである。


 しかし、10年ほど前、第5次王国戦争末期、レンホルムから捕虜としてやってきた衛生兵がアイキオの王女で、我が国の王太子と恋に落ちたという。


 そこから、小説のような展開で、協定が結ばれ、あれよあれよで終戦である。


『愛は世界を変えるのです』

という王女の演説は学校の教科書にも載っているし、この話は小説や戯曲になり、ロングセラーにもなっている。



「あの200年の戦争は、何だったのか」

 

 セリムは、新聞を見ながら祖父がこうつぶやいたことを覚えている。


 隣国ではどうか知らないが、我が国では、王太子夫妻の姿絵が人気になるほどの歓迎ぶりである。

 憎き敵であった隣国の民は、今では我が国の王太子妃の故郷の民である。


 セリムは戦場を知らない。だが、そんなに簡単に喧嘩していた人間同士が仲良くなれるのだろうか、と今も思っている。


「何かお探しですか?」

 少年ふたりが飾り皿を長い時間見ているのを不審に思ったのか、店員が近づいてきた。


「ああ、持ち運べる程度の大きさの鍋を探してんだ」

 人好きする笑顔でノエルが答えた。


「鍋」


 ここはよろずやではあるが、ナイフや防具よりも鍋を買おうとしているこの男ノエルの真意を、セリムは考えた。


 おかげで、戦争について考えていたことは、頭の片隅に追いやられてしまった。

 

「では、あちらの棚にあるものがいいかと」

 店員の後ろをついていきながら、セリムは小声で尋ねた。


「おい、鍋なんてどうするんだ」

「そりゃ、いるだろ。特にお前のスキルなら必須だろ」

「……」

「それに、いざとなりゃ、被れるし盾にもなる。あ、おねーさん、これください」


 ノエルは間口が広めで浅い鍋を購入したのだった。


「心配すんな、セリムのも買っとくからな。俺の奢りだ」

 そこは心配していなかった。



「お前は鍋だけでいいのか」

 いろんな店を3軒はまわった。なのにノエルは鍋しか買わなかったのである。


「むしろ、セリムはそんなに何を買ったの」


 セリムは、保存がきく固い黒パンと干し肉、冒険者用のナイフやコンパス、怪我をしたときに使う包帯や薬草も用意した。

 おかげで今、両手は荷物で塞がっている。


「そりゃ、よくわからない島に開拓に行くんだ。食料も何もないかもしれないし」

 ノエルはうんうんと頷いた。


「じゃあ、何もなかったらセリムの買ったパンと俺の採る予定の山菜を交換な」

「パンと草を交換って、お前すごい発想だね」


 セリムはノエルのこの楽観主義的な考え方を、ある意味、尊敬していた。だからといって、自分がなりたいわけではないけれど。


「よせよ、照れるじゃねぇか」

 セリムは背中をバシンと叩かれ、ため息をついた。


「……褒めてないよ」

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