第15話 塩を作る(2)

「セリム」


 アダリヤの天然発言で、意識が過去に飛んでいたセリムは、ノエルの呼びかけで現在に戻ってきた。


「もう、それぐらいでいいんじゃねぇの」

 ノエルの持つ鍋を見ると、無意識に分離させたであろう塩が1センチほど溜まっていた。


「……そうだな」



 セリムは塩の入った鍋を受け取ると、もうひとつの鍋で、塩を集めた鍋に海水を入れ始めた。


 8割くらいまで海水を入れた鍋は、砂浜に用意しておいた焚き火にかけた。


「混ぜちゃうの?」

「そうだよ。こうして濃い海水を作るんだ」

「なんか、もったいないね」

 海水に溶けていく塩を見ながら、アダリヤはしょぼんとした。


「ああ。塩が消えてなくなったみたいに見えるけど、実はちゃんと水の中にあるんだよ」

「そうなの?

 なんだか不安そうなアダリヤであったが、聞こえてくる話し声に、波打ち際近くの砂浜に目を向けた。


「やめなさいよ!三編み!」

 鍋に海水を入れて、砂浜に撒いているノエルに向かって、うっかり近くにいたうさぎがギャンギャンと威嚇していた。


「あれ?うさぎちゃん、水が苦手なの?」

 セリムはニヤリと悪い顔をしたノエルを見逃さなかった。

 ノエルがあの表情をするときは、大抵ろくなことを考えていない。

「やめろって言ってんだろうがぁぁ」

 案の定、海水を巻きながら、逃げるうさぎを追いかけ始めた。

「聞こえねぇなぁ〜」


「セリ、三編みは、あれ何してるの」

「あれは……次の塩を作る準備。ああやって海水を撒いておけば、簡単に塩が取れるんだよ」

 小さな塩田を作るようなものである。

「ふたりとも、いつの間にあんなに仲良くなったんだろうね」

「どうだろうね……」


***


「さて、普通はここから煮詰めれば完成するんだけど、僕は塩を作る時、ひと手間かけることにしているんだ」


 セリムはできあがった濃い海水を、葉っぱで作った匙に少し取った。

 こぼれないうちに口に含むと、思わず顔を歪めた。


「大丈夫か!セリ!吐き出す?」

「はいひょうふ」

 慌てるアダリヤを、セリムは手のひらで制止した。


 しばらくすると、口の中も海水に慣れたようで、舌で転がしながら、スキル『理解』を展開した。

 

 海水とは不思議なもので、しょっぱさ以外にも、よく『理解』すれば、苦味や甘み、酸味があることがわかるのだ。

 そして、海によってその配分も異なるのである。


「ここの海は苦味と甘みが同じくらいで、酸味は少ないね」

「海にも味があるの?」

「あるよ。味を整えると、使いやすくておいしい塩になるんだ。見てて」


 セリムは鍋の上に手をかざすと、先程、『理解』した不純物を取り除くイメージを思い浮かべた。


 すると、鍋の水が渦を巻き始め、セリムの手に吸い付くかのように立ち上がってきて、水の玉が外に飛び出た。

 セリムはこの技を『抽出』と名付けている。


 幼い頃、祖父が『液体に何かを溶かして取り出すのは、抽出といえる』と教えてくれたからだ。


「わぁ、勝手に飛び出た!」

 飛び出た水の玉を見て、アダリヤは目を瞬かせた。

 いつかの昔、祖父やノエルに見せたときも、同じような表情をしていたのを思い出した。


 セリムは、自分のスキルで、誰かがプラスの感情を見せてくれるのが好きだ。

 その瞬間だけは、自分がここにいていい気がするから。


 セリムは次々と『抽出』で、苦味、甘み、酸味に関わる成分を調整していった。


「じゃあ、最後に水と塩を分けるよ」

 もはや、アダリヤの眼差しは、マジックショーを見る子供のようになっていた。顔にワクワク、と書いてあるようである。


 イメージはこうだ。

 水は霧のように蒸発して、塩の結晶だけが鍋底に残る。


 セリムが鍋に再び手をかざすと、鍋の中の水は、霧状になり鍋から消えていった。


「わ、セリ、見て!」

 塩の結晶を確認していたセリムは、アダリヤの声で指さされている方角を見た。


「虹か……」

「きれいね!」


 セリムの起こした霧と、太陽の光で、薄い色のこぶりな虹が砂浜にかかったのだった。


「これは虹っていうんだ」

「にじ……」

 太陽の光を背にして、ふたりは鍋から湧き上がる霧でできた虹を見上げた。


「セリは、物知りね。勉強が好きなの?」

「そうだね、勉強は好きかな」

 一時は、アカデミーに通おうと思っていたのだ。勉強は好きな方である。


「そう……。リヤにも教えてくれる?」

「いいよ。何が知りたい?」

 アダリヤは、虹を見つめたまま、声を出した。



「この島の外について教えてほしい」



 虹を見ているふたりを、遠くからうさきが見つめていた。

 

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