第16話 どんぐり拾い

 セリムたちの洞穴の前で朝食をとった後、アダリヤは日課のうさぎのブラッシングをするといい、自分の洞穴に帰るといった。


「ブラッシング?」

「そう。うさぎ、ブラッシング好きなの」

 確かにこの聖獣様は、つやつやの毛並みである。しかも、今なぜか、ドヤ顔をしている。


「くし、持ってるの?」

「持ってるわよ。リヤは女の子よ」

 アダリヤに聞いたのだが、うさきが割り込んできて答えてくれた。


「ああ、まあ、そうだけど」

 超自然児だと思っていたので、そのようなヘアケアグッズを持っていると思わなかったのだ。


 でも、確かに腰まであるアダリヤの髪も、サラサラツヤツヤである。毎日、自分で手入れしているのであろう。


ーーでも、どうやってくしを手に入れた?



「それじゃー、俺とセリムは島を散歩しようかな」

「あれ、ついてきてくれるの?」

 ノエルが今日したいことを声に出すと、洞穴から灰色の子うさぎがそばに寄ってきたのである。


「けんちゃん、やさしい〜」

 アダリヤから見たら、どの聖獣の眷属も『けんちゃん』らしい。


「いいわよ。その子がいれば、魔物は寄ってこないでしょうから」

 うさぎの許可が出たので、眷属だという灰色の子うさぎも連れて行くことにした。



 あれから1時間。セリムとノエルと子うさぎは、山の中でどんぐり拾いをしている。


「どんぐりって、もうちょっと寒くなってからじゃねーの?」

「普通はな」

 散歩と言いながら、鍋ふたつは相変わらず持ってきていたので、何か食べ物を採るつもりだとは思っていたが、まさかのどんぐりと遭遇である。


「セリムさん、今朝は、いい感じでしたね」

「なんで敬語なの」

 ノエルの方をちらっと向くと、今朝、うさぎを追い回していた時と同じ顔をしている。

 今からろくでもないことをいうのだろうと身構えた。


「セリムはああいう天然ちゃんが好きなんだねぇ」

「からかうなよ」

 ニヨニヨと笑顔を崩さないノエルにため息をついた。


「嫌いとか苦手はわかるけど、好きとか、よくわからないんだ」

「わぁ、こじらせてるぅ」

 セリムとて、好きでこじらせているわけではない。

 自分がこんななのは、育ち方が歪だったからだということも、王立学園で他の生徒を見ていて理解している。


 アダリヤに対してだって、世間知らずの天然で頼りなく、どこか安全なところへ保護してやりたい、という気持ちもある。

 だが、今朝のように、自分のやりたいことを伝えてくる様な、しっかりとした意思も持っている。

 そして、それを叶えてやりたいという気持ちが自分の中にあるのも気づいている。


 しかし、それは好きということか?

 ただ、不遇な彼女に同情しているだけではないのか。



「でも、あの子は気をつけたほうがいい」

 からかう雰囲気から一転、心配そうな声でノエルは忠告してきた。


「聖獣がいるからか」

 あのアダリヤ至上主義な聖獣のことだ、セリムからアダリヤに接触しようとすれば、必ず邪魔にくるだろう。

 しかし、ノエルの忠告はそんなものではなかった。


「それもあるけどな、あの子は『鑑定』で人間であることが、確認できなかった」

 興味本位で、アダリヤを『鑑定』しようとしたのだろう。

 セリムも、王国民ではないということは気づいていたが、人間かどうかもわからないとは、どういうことか。


「それは……」

「人間じゃねぇかもってこと」

「魔人ってことか」

 魔人というのは、人型の魔物で、動物型の魔物より高い知能を持つとされている。

 見た目が人間だが、人間でないとすれば、魔人以外に思いつくものがない。


 しかし、魔人がいたというのは、建国時の神話レベルの話である。実在するかも怪しいのである。


「まぁ、そうとも限らん。それでも、普通の人間は目の色が全く違う色に変わったりしない」

「赤色じゃない時があるのか」

 ノエルは目を伏せて頷いた。


 セリムは初めて出会った日以降、アダリヤの目をじっと見たことはない。

 目が合うと照れくさいからだ。


 しかし、あの日見た目の色は、赤色だったはずだ。


「まぁ、気をつけなよって話。リヤちゃんかわいいから、セリムが好きになってもしょうがないよね〜」

 セリムが眉間にしわを寄せて難しい顔で考えていると、ノエルは突然、また軽薄な雰囲気になった。

 ノエルは深刻な雰囲気に長時間耐えられないのである。


「あ、待って、セリム。そのどんぐりはおいしくない」

「どんぐりに美味しいとかあるの……」

 どのどんぐりも、どんぐりに違いないと思うのだが、食にこだわるノエルが言うのだから、そうなのだろう。


「まぁ、おいしくなくてもうさぎちゃんは食べるか」

 ノエルとうさぎの関係がよくわからなくなったセリムであった。


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