第25話 君のために

「俺も行きたかったな」

 ノエルが先頭を跳ねるうさぎに愚痴をこぼした。

 なにせ、一番行きたがっていた本人が留守番なのだ。


「あんたに鍵を開ける力があるなら連れて行くわよ」

「ありません。すいません」

 鍵は雨ざらしになっており、サビがひどいという。

 ましてや、鍵もないけれど、セリムのスキル『分解』があれば壊せるのではないかというのだ。


 なので、必然的にスキルを持っているセリムと、場所を知っているうさぎの組み合わせになった。


 こんな事態でなければ、ノエルも一緒に行けるのだが、アダリヤが起きて暴走したら、うさぎの小さな眷属たちでは止められないという。


 つまり、ストッパー役である。


「俺がいるより、絶対、セリムがいたほうが喜ぶと思うけど」

「鍵を開けるスキルのない自分を恨むことね」


 ダンジョンに行く前に、アダリヤの顔がみたいというセリムに、うさぎは舌打ちしながらも、連れてきてくれた。


 今までは、『レディの家に了解もなく押し掛けるなんて野蛮』と言われ、来たことがなかったのだ。

 

「あそこよ」

 うさぎが顔を向けて、自分の洞穴を指し示した。


 そこには、子うさぎに囲まれて、くの字に丸まり眠っているアダリヤがいた。

 目の周りが赤くなっているのは、泣いていたからだろう。


 自分が、一緒に本土で父親を探そう、と即答していたら。

 自分が、何も責任のない、ただのセリムであったら。

 自分が、アダリヤの拠り所になれていたら。


 こんなふうに泣かずに済んだのだろうか。


ーー僕は、人を泣かせてばっかりだ。あの時、母も泣いていた。


 侯爵家にいる母を救うことは、追放されたセリムでは、もう、できないかもしれない。


 だが、彼女を救うことは、まだ、できるはずだ。


「うさぎ、行こうか」


「おい、セリム」

 背後にいた、うさぎの方を向いて出発しようと声をかけると、反対側から、声をかけられた。


 振り返ると、ノエルがウインクをして何かを取り出した。


「これ持っていけよ!」


 手渡されたのは、鍋だった。




 ダンジョンは島の西側に位置する。

 直線距離だと近いのだが、ほぼ獣道になるという。

 ダンジョンでは、何があるかわからない。

 何なら、剣以外にも、盾として使えるからと、鍋まで持たされているので、力は温存しておきたい。


 それは、うさぎも同じらしく、遠回りして、平坦な道を行くことになった。


 ピリピリしているうさぎとの、歩いて20分程の道のり。ふたりはお互いに黙ったまま進んでいた。


 しかし、セリムには、ダンジョンに到着するまでに、うさぎに聞いておきたいことがあった。


「なあ、アダリヤについて、うさぎの知ってることを教えてくれないか」

「なんで、あたしがあんたに教えないといけないの」

 うさぎの返答はそっけないものだった。


 それもそうだ。警戒している相手に、そうやすやすと身内のことを話せるはずもない。


「僕は、あの子を守りたいと思ってる」

「あんたに守れるとは思えないわね」

 即答だった。

 

「守れるか、守れないかは、やってみないとわからないじゃないか」

 うさぎは振り返った。赤い目がセリムをジッと見つめた。


 見定められているのだと、セリムにはわかった。

 セリムが、アダリヤを託すに値するのか、値踏みされているのだ。


「知らないと、守れない」

 実際、正体がよくわからない彼女を、どう守ればいいのか、今のセリムには、確信が持てなかった。


 そして、彼女を守るためにも、うさぎの信頼を得ておきたかった。


 どうも、初対面の時から、セリムがコルマール侯爵家の人間というだけで、うさぎからは、信頼されていないように感じているのだ。


 うさぎは、何かコルマール侯爵家に恨みでもあるのだろうか。見当がつかなかった。


「本人に聞けばいいでしょ」

 なおも、うさぎはセリムを鼻であしらった。


「あの子の学力で、全部が知れると思うか?」

 アダリヤは、いくつかわからない、見た目は10代前半だが、話していると、弟のシオンより幼い話し方をする。


 それに、セリムはアダリヤの主観の話ではなく、そばにいたうさぎの客観的な視点で話が聞きたかった。


「……仕方ないわね」

 うさぎは、これでもう何回目かわからない、ため息をついた。


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