第26話 うさぎとアダリヤ

 跳ねるスピードを落として、うさぎは語り始めた。


「あたしが目覚めたとき、あの子は嵐の中で泣いていたわ。ほら、あんたが塩採ってる砂浜の奥のあたりよ」


 あの砂浜の奥は、今、シダが生い茂っているところだ。


 だが、それより。


「うさぎは、アダリヤが産まれたときから一緒なんじゃなかったのか」

「そうよ!悪かったわね!あたしだって、そうであれば、あの子を守ることができたのにって思ってるわよ! 」


 うさぎは、毛を逆立てて怒り始めた。


 あんなにアダリヤ至上主義みたいなところがあったので、セリムは勝手に、産まれたときから一緒なのだと思っていた。


「まぁ、話が逸れたけど。あんたが知りたいのは、あの子の不思議な力のことでしょう」

「……」


 図星をつかれて、セリムは気まずげに顔を逸らした。


「ふん。いいのよ。あの子の力を隠さなかったのは、あたしの判断だもの」


 確かに、井戸水を汲みに行ったとき、うさぎはアダリヤのそばにいたが、力を使うことを止めなかった。


「あんたたちが気味悪がって、早く島を出ていけばいいと思ったのよ」

「おい」

 本人を目の前に、追い出そうと思っていたとは、いい度胸。さすが聖獣様である。

 セリムは思わず、うさぎにじっとりした視線を投げた。


 そんなセリムの視線など気にせず、うさぎは続けた。


「それを、守りたいと、言わせるんだから、あの子の天然たらしぶりはハンパじゃないわね」

「……」


 これは、他人から見たら、たぶらかされているのか、と、セリムは唖然とした。

 アダリヤには無理だと思っていたが、美人局でなくて良かったと心から思った。


「アダリヤは、その、不思議な力が使えるということは、魔人……なのか」

「魔人って魔物の一種でしょ。違うわよ」


 意を決して、彼女に対する懸念を尋ねるも、うさぎは即座に一蹴した。


「違うのか」

「当たり前でしょ。あの子が魔人なら、あたしが近くにいれないわ」


 確かに、聖獣の近くには、魔物は寄ってこないのだった。

 最初に説明されていたが、すっかり忘れていた。


 簡単に一番の懸念が払拭されて、セリムは拍子抜けした。

 顔も間抜けな顔になっていたに違いない。


 そんなセリムのことは気にせず、うさぎは話を続けた。


「で、話を戻すけど。泣いていたあの子の周りには、壊れた小屋の破片が散乱してたわ」

「小屋が壊れて……?」


「あんた、この島、アダリヤがいるのに、人が住める建物がないことを、おかしいと思わなかった?」

「それは……不思議だった」

 

 あの、きっちりとした祖父が残したわりには、何もない島だと、上陸当初、思っていた。


「あの子が全部壊したのよ、嵐を起こして」


 実際には、小屋は存在していたが、壊されていたのだ。

 アダリヤの悲しみで引き起こされた嵐によって。


「今日の嵐だって、あの子が泣いたせいなのよ」


 アダリヤが泣くと、自然が反応する。

 そんな摩訶不思議な話があるとは信じがたかった。


「だから、悲しい過去のことなんて忘れろって、あたしは言ってるの。南にある山の山頂で、本土を眺めていたのも知ってたわ。でも、外の世界に期待をすれば、叶わないと分かったとき不満になるでしょ」


 わざわざ自分で不機嫌になる必要はない、ということか。


「感情的になると、力が暴走するの。制御ができないあの子には、平穏な環境が必要なのよ」


 制御できない感情は、制御できない力の暴走につながるから。


「あの子のためにも、島のためにも」


 うさぎは立ち止まった。


「じゃないと、島もあの子も壊れかねない」


 力の暴走で、自分をも傷つけかねないということか。

 そして、彼女には、島を壊すほどの力があるのか。


「なのに、あんたたちが来てから、あの子の平穏は壊されたわ」


 うさぎは不満そうに、ブーと鳴いた。


 セリムたちは、アダリヤがずっと眺めていた外の世界からの来訪者。


「しかも、あんたは、あれの孫。最悪よ」

 うさぎは、鼻にシワをよせて、嫌悪感を表した。


「前から思ってたんだけど、うさぎ、僕の祖父を知ってるの?」

「見たことはないけど、知ってるわ」


「凄く嫌ってるけど、何かあったわけ?」

 祖父は国内で褒められることはあれど、罵られることはあまりない。


 何せ、王国の守護者なのだ。


 そして、人間はもちろん、馬や犬といった動物、それも、牛や鶏などの家畜にも好かれるタイプであった。


 嫌っていたのは、セリムの父くらいではないか。


 無人島とはいえ、国内にいて、ここまで祖父に嫌悪を示す他人は初めて見た。


「それは、あんたには言えないわ」

 顔をしかめたまま、うさぎはプイと横を向いた。

 祖父については、これ以上話す気はないようである。


 セリムは話題を変えた。


「うさぎは、アダリヤの父について、何か知っているのか」


 これは、昨日から疑問だったのだ。

 一緒に探すわけでなく、忘れろということは、アダリヤの父は、もう。


「今は、もう会えない、ということしか言えないわ」

「生きているのか」

「わからない」


 うさぎは煮えきらない言い方をした。


「全てはダンジョンへ行けばわかるわ」

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