出発と出会い
第1話 祖父の手紙
その日は、小雨が降っていた。
「お祖父様。僕はどうしたらいいんですか……」
墓の前に佇んでいた黒髪の少年セリムは、花を手向けようと右手に持っていた。
墓石にはシリル・コルマールと印されている。コルマール家の前当主であり、前将軍。王国男子憧れである剣聖のスキルを有しており、聖人君子として人気もあった。
祖父シリルが亡くなったのは先月のことで、国葬はせず、
セリムは、卒業式の日に新聞でこの件を知り、王都の学校から飛んで帰ってきた。着替える間も惜しくて、制服のままここまで来てしまったくらいだ。
「おい」
呼びかけに振り返ると記憶より老けた父である男と、弟であろう少年が傘をさして立っていた。
「来るだろうと思っていたぞ」
弟であろう、というのも、セリムは5歳のときの事件より後、弟と会ったのは初めてだったのである。
「ご無沙汰しております」
「久しいな。5年ぶりか」
セリムは、花を持っていた右腕は背中に回し、左手を胸の前に当てると、目上の者に対する礼をした。
「父上の墓に参ってくれたのか。当主として礼を言おう」
「いえ、僕にとっても祖父ですから」
セリム・コルマール。シリルの孫であり、将軍や聖剣スキル持ちを排出するコルマール家の長男である。
祖父シリルは、弱き者、そして国のことを憂う人格者であった。だが、目の前の父である男は強きことを何よりとし、自身の剣聖のスキルに誇りを持つ男だった。
そして、それは他人に対してもそうであった。
「お前のスキルはコルマール家に相応しくない。だいたい戦闘に使えないようなスキルを持って生まれてくるなど、恥さらしめ」
父は苦虫を噛み潰したような表情をして、吐き捨てるように言った。しかし、セリムが表情を変えることはない。そんなことは今更言われなくても、とうの昔――5歳の時から知っていることだ。
この国では5歳の誕生日に、国教であるディーべ教の神父が生まれ持った才能――スキルを告げてくれる。
コルマール侯爵家の誰もが、家を継ぐ長男は剣聖であると確信していたが、そうではなかった。これが、5歳のセリムに起こった事件である。
「そんな出来損ないのお前でも、我が侯爵家に役立てることがある」
父である男は、ニヤリと笑った。
「侯爵家当主として、お前に第11管理島の開拓を命じる」
「いや、僕はアカデミーに……」
セリムは王立学校を卒業後、上級の学問を学ぶため、アカデミーに進学予定だった。
「これは、お前の大好きなじーさんの意向だ」
父である男は手に持っていた封筒を掲げると、雨でぬかるみかけた地面に投げ捨て、踵を返し、侯爵家本邸へ戻っていった。
この男はこういう男だった。祖父に、セリムに、自分の意のままにならない相手に敵意を向ける。弱いものに対して、意のままに操ろうとする。
そんな父が、子供の頃はただひたすら怖かったが、今では怒りすら覚えるようになった。
父であるこの男は、セリムの尊敬する祖父の息子のくせに、全く似ていない。
投げ捨てられた手紙を拾おうと手をのばすと、手紙のそばにあった足の方から声をかけられた。
「はじめまして、兄さん」
この弟である少年は剣聖スキルを持っており、次期侯爵家当主である。
父について帰ったとばかり思っていたので、まだこの場にいることに、戸惑いを覚えた。
「ああ、ひ……」
セリムが返事をしようとした瞬間だった。
弟は、俯いて悲しそうな雰囲気を漂わせていたが、上目遣いにニヤリと笑い、地面に落ちた手紙を踏みつけた。
「そして、さようなら」
父である男と同じ表情をした弟は、踵を返すと、セリムの視界から消えていったのだった。
***
『セリムへ
この手紙がおまえの手元に来る頃には、私はもうこの世にはいないだろう。
おまえには、私のすべてがある第11島を任せたい。
この手紙を別紙の地図の場所に持っていけば、かの島に行けるようになっている』
墓所から歩いて15分ほどの領地別棟にある自分の部屋にたどり着くと、着替えもそこそこに、汚れてしまった手紙を窓際に干した。
乾かしながら、その文面を確かめると、たしかに祖父の几帳面な筆跡で書かれている。父が言っていたように、セリムに島を託したいとの内容であった。
ただ、侯爵家の持っている島は10島で、すべて名前がついている。
11島――しかも名前もなく、どうも市販されている地図には載っていない。
新しい島なのか。しかし新しい島だとすると祖父のすべてがあるというのは、どういうことなのか。
この手紙の封は開けられていた。セリム宛てのこの手紙を父は勝手に開けて読んだのであろう。その上で、この島の開拓をセリムに命じたのだ。
もしかしたら、セリムに祖父の遺産を探させて、横取りする気かもしれない。
「お祖父様のすべてがある島……か」
セリムはベッドに寝転がると、うつらうつらとし始めた。何せ、祖父の訃報を目にしてから、休む間もなく王都から領地まで馬車を乗り継いでやってきたのだ。
付け加えて、さきほどの親子のやり取りも、疲労感を強めていた。
「お祖父様のすべてとは、何だろうか……」
セリムは、そうつぶやくと、疲労には勝てず、吸い込まれるように眠りに落ちていった。
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