第41話 オークの島


 セリムが、この島に来てから半年がたった。


 セリムはまず、この島にいると決めてから、みんなの食事作りを一手に引き受けることにした。

 簡単な料理しか作れないが、セリムこだわりの塩料理は、高評価だった。


 今では、本土から小麦を持ってきて、パンを焼き、カウンター4席、4人がけテーブル3つの小さな食堂で、島のみんなの朝食と夕食を作っている。


 ちょうど、人がいなくなった午後、セリムはそのカウンター席で作業していた。


「ノエル、今日はボアのタレ焼き食べたいって言ってたなぁ」


 ノエルは、ヤオ族が踏破したダンジョンから出た道具と、自身のスキル『鑑定』を使って、念願の冒険者のような仕事を行っている。


 意気投合したヤオ族の青年たちとパーティを組んで、何かやっているようだ。

 毎日、日が暮れると、野草やらボアやら何かお土産に持ってきてくれる。

 そして、皆で食堂に戻ってきて、楽しそうにごはんを食べている。


 寝る前には、楽しげにその日の話をセリムに語ってくれるのだ。


 この島に来た当初は、ノエルを巻き込んで申し訳ないと思っていたが、楽しそうで何よりである。


「ああ、タレの注文分、瓶に詰めないと」


 ダンジョンで採れる調味料は黒い液体状と黄土色の半固形状があった。

 いずれこの島を村なり町なりにするときに、資金が必要だ。

 祖父が残してくれた資金も、何もしなければ減っていくばかり。

 なので、手始めに、調味料を本土の商人に卸すことにしたのだ。


 侯爵家の名前など、うっとうしいだけだったが、商家相手では、まだまだセリムの名前でも影響があるようだ。


 今では、ノエルの兄の知り合いの商人などに卸している。評判もよく、ノエルに頼んでダンジョンで採取してもらうことも多くなった。


 やっかみなのか、セリムの過去を知っている者などに、時折、絡まれたり、蔑まれたりもするが、そんなことは、アダリヤたちのためなら、どうということはない。


 島に帰れば、味方がいる。

 そう思えば、頑張れた。


「やぁ、村長」

「その呼び方、やめてくださいよ、アルトゥロさん」


 セリムが調味料を瓶に詰めているとヤオ族、族長のアルトゥロが訪ねてきた。


 アルトゥロや他のヤオ族の青年たちも、オークに合成獣化されていた頃の面影はほとんどなくなっている。


 本土でも暮らしていけそうなのに、この島に留まっているのは、ここにヤオ族の村を再興してはどうかとセリムが誘ったからである。


 賛同してくれた彼らは、この島の開拓を手伝ってくれている。


「ハハハ。砂浜奥の小屋が2棟出来上がったよ」


 山から切り出した木材で、ログハウス風の小屋も作っていて、そのうちの一棟は村長屋敷としてセリムとノエルが住んでいる。

 ちなみに、この食堂は、その屋敷の一階を利用している。


「あと5棟くらい建ったら、みんなを呼べますかね」

「そうだね。それまでは、孤児院にお世話になるよ」


 驚くことに、合成獣にされていたヤオ族の10人が育てていた、魔法使いである子供たちは、本土の孤児院で保護されていたことがわかったのだ。


 保護していたのは、祖父シリルが資金提供していたディーべ第15教会の孤児院。


 子供たちは、もう少し開拓を進めて、小屋を増やしてから、この島に呼ぶそうだ。

 青年たちは、時々は、セリムと一緒に孤児院へ面会にも行っている。

 

 子どもたちは、全員、父は戦争で亡くなってしまったと思っていたようで、再会した際は、みんな泣いていた。


「リヤは、ちゃんと勉強してる?」

「してるー」


 アダリヤといえば、今、セリムの横で、子供用のドリルを解いている。

 8年もの間、野生児のように育ってしまったので、急ピッチで年相応に振る舞えるように勉強をしているのだ。

 なぜ、そんなことをしているかといえば、本土へ遊びに行くためである。


「勉強終わらないと、うさぎにあえないよー」

「わかってるー」


 そして、日課の勉強が終わったら、洞穴で暮らすうさぎに会いに行くのだ。


 今、アダリヤは聖獣うさぎと離れて暮らしている。

 うさぎは大きさを変えることができるので、アダリヤ、アルトゥロ親子と一緒に暮らすことも選べたが、たくさんの眷属を抱えているため、今いる洞穴で暮らすことを選んだのだそうだ。


「まあ、あたしはこの島の守り神のような存在だから?」

 自分でいうあたり、さすが、うさぎである。


「それにせっかくの親子水入らずなのに、他人が入り込むのも野暮ってもんでしょ」

 うさぎはプイと顔を背けた。


 目覚めて8年間、実の子のように育てた娘との別れが悲しくないわけがなかった。


「いつでも拝みに来ていいわよ」

「リヤ、毎日行くよ!うさぎ、泣かないで」

「な、ないでなんがいないば」

 確実に泣いていた。


 このふたりの抱擁は、見ている方にも涙を誘った。


「セリー、1ペリンガは1000マリンガ?」

「そうだね」

 ペリンガは銀貨で、マリンガは銅貨である。

 アダリヤは、お金の計算ドリルを熱心に解いている。

 本土に遊びに行くときに、お店で買い物をしてみるのを楽しみにしているあたり、やっぱりどこにいても女の子だな、と感じた。

 

 そして、セリムは今、ログハウスを作ったあとの廃材で、うさぎのブローチを作っている。

 別邸の祖父の執務室にあった、飴色のデスクは、オーク材で作られたものだった。

 木材としてのオーク材を見ていたら懐かしくなり、手慰みにうさぎの形に彫ってみたのだ。

 あとは、赤いガラス玉を付ければ完成である。

 完成したら、アダリヤが本土に遊びに行くとき、つけてあげようと思っている。


 このブローチがかわいいと本土で注目を集め、使われているオーク材も質がいいと名産となり、第11島が『オークの島』と呼ばれるようになるのは、もっと先の話である。


*****

次回、エピローグで完結です。

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