第42話 エピローグ


 この日も、小雨が降っていた。


 今日は、10日おきにアルフォンスが漕いでくるボートがやってくる日だ。

 ボートが到着すると、セリムはアダリヤとふたりで、傘をさして乗り込んだ。


 この半年で、アルフォンスが漕いでくるボートにも変化があった。

 セリムが本土へ行くことが増えたので、最初は島へ昼前に来ていたのだが、最近では、朝早くに島に来て、日暮れ前に島へ送ってくれるようになったのである。


「おじさん、よろしくお願いします」

「おじさんじゃなくて、アルフォンスさんね」


 アダリヤは結局、本土に行けるようになるまで、半年を要した。

 うさぎは一般常識はバッチリ教えたと言っていたが、やはり、そこはうさぎだった。

 セリムが一般教養を納得いくまで教え込み、合格点が出せたのが一週間前。


「今日もリヤさんはかわいいですね」


 今日のアダリヤは、あの日、セリムがアルフォンスに頼んだワンピースのうち『いいやつ』の方を着ている。

 膝下丈で、茶色の地味なデザインだが、生地は高級で、お上品というのがぴったりなものである。


「フフフ。セリさんもかわいいですよ」

「……そこはかっこいいって言ってほしいな」


 ちなみに、セリムは、アルフォンスがうっかり購入してきてしまったという、商家の息子風のシャツにトラウザーズ姿である。


 二人が並ぶと、異国のお嬢様と商家のご子息という微笑ましい感じであった。


「うわー、リヤ、本土初めて!」

「リヤ、ボート降りるまで跳ねないで!」


 ただし、黙って座っていれば、という条件付きである。


 いつもの船着き場でボートを降りると、アルフォンスは、このあと本業に戻るという。

 日暮れ前にまた同じ場所で待ち合わせをして別れた。


「おいで。馬車に乗るよ」

 セリムはアダリヤに手を差し出した。

 ヤオ族にはエスコートという文化はないらしい。

 なので、最初の頃は手を差し出すとキョトンとしていたが、練習して最近は慣れたのか、すぐに手を預けてくれた。


 馬車に乗り込み、発車すると、アダリヤは車窓の景色に夢中になった。叫び出さないのは、セリムの教育の賜物である。


 窓の外は、今も小雨が降っている。


 あの日ーー祖父が亡くなったと知った日、セリムは馬車を乗り継いで、領地まで帰ってきた。


 もう誰にも頼れない、という寄る辺ない不安を抱えて揺られていたことは、今でも鮮明に思い出せる。


 あの日と同じ馬車止めで、ふたりはコルマールの領地に降り立った。


「リヤ、セリのお祖父様にご挨拶するの初めて」

「まぁ、もう墓石になってるんだけどね」


 祖父の墓参りをするつもりは当初なかった。

 しかし、アダリヤが行きたいというので、行くことにしたのだ。

 実は、まだ血の繋がった家族に対する気持ちに整理はついていない。

 会いたくない、という気持ちが、強いのだ。

 だが、春の今ならコルマール家の者は、王都のタウンハウスにいる。

 あの人たちに会わずに、本邸近くの墓には辿り着けるはずである。


 途中、あの日と同じ花屋で花束を買った。


 奇しくも、天候も花束もあの日と同じだが、あの日と違うのはアダリヤが隣りにいることだ。


 ふと、隣を見ると、同時にアダリヤもセリムの方を向いた。

 目が合うと、ニコッと笑ってくれた。

 

 今でも不安な日はある。頼れると思う人もいない。

 それでも、自分が好きで、相手も自分のことを好いていてくれる人が増えたことは、セリムの気持ちに安定をもたらした。


 祖父の墓に着くと、買ってきた花を手向け、ふたりは黙祷を捧げた。


ーーお祖父様。僕はあなたの期待通りには生きていけないかもしれない。


 祖父があの島をどうしたかったのか、未だにわからないでいる。


 自分の汚点を隠し通して欲しかったのか、合成獣を完成させて欲しかったのか。

 しかし、今では、もしかしたら……と思うこともある。


 横目でチラリとアダリヤを見ると、まだ黙祷をしていた。


ーー僕はこの人たちを守ると決めたので、このスキル、力を持って守っていきたいと思います。


「行こうか」

「うん!」

 アダリヤに声をかけ、手を差し出した。

 その手に、アダリヤの小さな手が重ねられる。

 

 これから、また馬車に乗り、港町で買い物をする予定だ。

 アダリヤはどう思っているかわからないが、セリムはデートだと思っている。


 セリムは、馬車止めまでの道を歩きながら、気になったことを聞いてみた。


「長いこと目をつぶってたよね」

「うん。セリのお祖父様に、ありがとうってお礼を言ってたの」

「お礼?」

「だって、お祖父様からの手紙がなかったら、セリは島に来なかったでしょ」

「でも、お祖父様のせいで、リヤとアルトゥロさんは、長い間離れてたんだよ」

「それはそうだけど、その間にうさぎにも、セリにも会えたから、もういいかなって」

「え、いいの……」


 これから、いくつもの不安や迷いが出てきても、アダリヤは、この光でもって、あのときのように雲を晴らしてくれるのだろう。


「ねぇ、セリ!見て!」

 アダリヤが指さしたのは、あの日、父である男と、弟であろう少年が去っていった方向。


 そこには、あの日見た絶望はなく、雲の晴れ間から薄い虹が出ていたのだった。

 

*****

これにて完結となります。

約3週間の連載にお付き合いいただき、ありがとうございました。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【本編完結】オークの島〜追放された侯爵令息と秘密の島〜 丸井もち @mochi0518

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ