第40話 ここにいる

 アルトゥロは、あとはお若いふたりでどうぞ、と、からかい気味に告げて、どこかへ行ってしまった。


 だが、あの親バカ気質の彼が、アダリヤをセリムの横に置いて、どこかへ消えるはずがない。


 きっとどこかで見ているに違いない。


 好意を寄せている子の父親が、近くで見張っているこの状況。

 セリムは、余計に緊張した。


 

「セリは……リヤ達が嫌になった?」

「嫌に?」

 アダリヤは、セリムの隣に座ると、うつむきがちに話しかけてきた。


 セリムはというと、驚いて、アダリヤの方に顔を向けた。


 そんなことは、思ってないし、なんなら、今だって水色のワンピースを着ていて、似合ってるな、かわいいと思っている。


 さて、いったい、いつ、そんな誤解を生むような態度を取っただろうか、と顎に手を当てて思い出してみたが、さっぱり思い出せなかった。


「最近、いつも、ここで海を見ながらため息をついてる」

「ああ……」

 そんなこと。と言おうとしたが、先にアダリヤが前方を指さした。


「あの、本土とかいうのに帰りたくなったのかなって思ったの」


 セリムは目を見開き、眼前の海を見つめた。

 

 そう言われてみれば、本土に戻りたいと、全く思っていない自分に気づいた。


 不便で危険と隣り合わせの、この島の生活が、全く嫌ではないのだ。

 

「そんなことはないよ。むしろ、僕がいたら、君たちが祖父を思い出して嫌な気持ちになるだろうって思ってた」


 アルトゥロと話すちょっと前まで、そう思っていた。


「それは違う!」

 アダリヤは、ガバッと顔を上げ、セリムの腕を掴んだ。


 その目は、とても悲しげに見えた。


「セリはパパたちを助けてくれた!セリがこなかったら、リヤは今もパパに会えずにいたよ!」

 確かに、コルマール家の島なので、他の人間がやってくることは、ほぼないだろう。


「それに、セリ達を見つけたときも、嬉しかった。同じ姿形の生き物に会えて、嬉しかった」


 うさぎとボアばかりの島で、同じ種族である人間に会えたら、確かに嬉しいだろう。


「そ、それに、おいしい肉と木の実も食べれた!」


 アダリヤもは、味付けとアク抜きを知らなかったから、よほどセリムの作った料理がおいしかったのだろう。

 

「だから、そ、そばにいてほしい!」


 何がだからなのかわからなかったが、アダリヤの一生懸命さと『そばにいてほしい』という言葉の破壊力に、セリムは打ちのめされた。


「い、一緒に、おいしいもの食べよう?」


 セリムは、アダリヤや、アルトゥロ、ノエルにうさぎ、他のヤオ族の皆と囲む食卓を想像した。


 そして、いつかノエルに言われた言葉を思い出した。

『村を作ったらさ、セリムは、村長になるんだろうけど、食堂も開けばいいじゃん』


 ーーそうだな、ここで、そういう未来も悪くない。


「リヤ、それだと、セリ君に、食べ物のために居てほしいみたいに聞こえないかい」

「えっ」


 アルトゥロはやはり、近くにいたようだ。

 黙って見守っていたが、話がおかしな方向に進みだして、たまらず出てきてしまったのだろう。

 当のアダリヤは、突然出てきた父に対して、ぽかんとした顔をしている。


 セリムはなぜかおかしくなってしまって、吹き出した。


「僕、ここにいても、いいんですかね」


「「もちろん」」


 そう言った親子の笑顔は、とてもよく似ていた。

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