第37話 10日目
アダリヤの魔法で、脳の黒い部分は全て取り除くことができた。
みんな元の姿に戻り、めでたしめでたし。
なんてことはなく、やはり、脳を操作するというのは、本人に大きな負担がかかるものだ。
そのため、一度にできる作業には限界があった。
最初に実験台になったアルトゥロなどは、我慢強すぎたせいで、最終的には気を失ってしまい、全員を大いに慌てさせた。
「我慢は禁物です。辛いと思ったらすぐに言ってください」
「は、は……い」
次の番であるヤオ族の青年には、我慢しないように念押しをすることになった。
幸い、アルトゥロは、すぐにいびきをかいて眠ってしまったので、ノエルに託して、ふたりは作業を再開させた。
脳から分離した黒い部分は、セリムのスキル『理解』で探ると、元々は本人の身体から作られたものであったことがわかった。
ならば、スキル『分解』で、バラバラにしてしまえば、身体から自然に排出されるのではないか。
その仮説を元に作業を進め、全員の脳の黒い部分をある程度『分解』できた頃、外は朝日が昇っていた。
そして、その日は、アルフォンスがやってくる10日目でもあった。
太陽が真上に登った頃、砂浜にはアルフォンスが乗ったボートが着いた。
それを聞いたセリムは、ノエルに支えてもらい、しんどい身体を引きずりながら、砂浜までやってきた。
アルフォンスに聞きたいことがあったからだ。
アルフォンスは相変わらず、ぎょろりとした目で、海を眺めていた。
曲がった腰に手を当てていて、こちらに気付くと、丁寧に頭を下げてきた。
「セリム様、本土に戻られますか?」
第一声目が、それであった。
まるで、セリムが音を上げると思っていたかのようなセリフだ。
セリムはムッとしたが、その気持ちを腹に押し殺して、笑顔を作った。
「うわ、こわ」
ノエルが横で怖いとか言っているが、無視だ。
「実は、この島を調査したところ、原住民と思わしき一族を見つけました」
実のところ、アルフォンスも合成獣プロジェクトを知っていたのではないかと疑っている。
祖父なら、失敗した合成獣たちを島の中に隠した場合、見張りのひとりふたりは置いておくはず。
その見張りが、アルフォンスなのではないかと思ったのだ。
アルフォンスが見張りだったなら、島に人がいると聞けば、動揺するのではないか、と思ったのだが、アルフォンスの表情は変わることがなかった。
そうですか、と言い、淡々とセリムが話している内容を、メモに取っている。
「僕も見ての通り、服がボロボロなので、彼らの分を含めて、新しい服を15セットほどお願いしようと思ってます」
セリムは、自分とノエルとヤオ族の青年たち10人の服を調達してほしいと依頼した。
これが、セリムは本土へ戻るつもりはない、という返事代わりだ。
「うちふたつは女の子のワンピースで」
ずっと表情を変えず、メモを取っていたアルフォンスがメモから顔を上げた。
「女の子?」
左眉だけ、ぐいっと上げて、訝しげにしている。
まるで、祖父から聞いていなかったと言っているような表情に見えた。
「はい、女の子がひとり居るんで、その子に着せるつもりです。あ、ひとつは、できるだけいいものを」
セリムは、貫頭衣のようなワンピース姿のアダリヤしか見たことがない。
これからも、脳の黒い部分の『分解』に、アダリヤの協力は欠かせない。
なので、お礼として、いい生地のワンピースを一着贈りたいと思ったのだ。
ちょっと口の端が緩みそうになったセリムを見たノエルが、小声で、
「セリムが見たいだけなんじゃないの、おしゃれしたリヤちゃん」
とか言い出すので、残った力を振り絞り、足を踏んでやった。
「……かしこまりました」
アルフォンスは、そんなふたりを一瞥し、再びメモに視線を落とした。
その後、ダンジョンでは調達できなさそうな食料ーーパンなどーーや、新しい火打ち石などの相談した。
そして、アルフォンスは、また10日後の同じ時間あたりに来ると告げてきた。
結局、アルフォンスが合成獣を知ってるのか、見張りだったかどうかは、わからなかった。
でも、セリムは、どうしても知りたかった。
「アルフォンスさん、あなた、合成獣を知ってますか」
アルフォンスは振り返ると、ギョロリとした目でセリムを見つめた。
質問したセリムの意図を探るかのような、このアルフォンスの視線が、返答までの間が、すべてを物語っていた。
「……知りませんな」
「そうですか」
祖父シリル・コルマールは、自身が失敗した計画ーー合成獣プロジェクトの負債であった、失敗作の合成獣を、この島に隠し、見つからないように見張りをおいた。
その祖父の弱さ、卑怯さは、セリムの心に影を落とした。
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