オークの島

第38話 セリム・コルマール

 あれから1ヶ月が経ち、ヤオ族の10名全員、脳の黒い部分を除去することに成功していた。


 あとは、皆の身体の浄化作用で、少しずつ体外に排出されるはずだ。


 セリムは毎日、皆の脳を、スキル『理解』で経過観察しているが、黒い部分が戻ってきている人は一人もいない。


 逆に、黒い部分で圧迫されて凹んでいた脳が、元に戻ろうとしているのか、大きくなっている人もでてきている。


「ここにいたんだね」

 

 砂浜で、波打ち際を眺めていたセリムは、声に振り返った。


「ああ……アルトゥロさん……」


 ヤオ族、族長 アルトゥロ・マータ=ヤオ、アダリヤの父である。


 合成獣化されていたときは、そこそこ筋肉のついた体格だったが、本来の彼は、スラッとした体型のようだ。

 少しブカっとした貫頭衣の、腰部を飾り紐で縛っている。


 彼は、ヤオ族の中でも、回復が早かった。


 緑がかっていた肌の色は、元々の褐色の肌に近づいている。

 牙は残っているものの、口の中に収まる程度になったらしい。


 そう、見た目はほとんど、人間と変わらなくなっていた。


 そして、一番回復がめざましいのは、言語能力だった。

 カタコトだったのが嘘のようにスラスラと喋っている。


 他のヤオ族の青年たちも、アルトゥロの回復を見て、悲観している者はいないそうだ。


「リヤがセリ君が元気がないと言っていてね」

 セリムの肩をポンと叩くと、隣に座り込んで、顔を覗き込んできた。


 目の前には、褐色の肌に黒い短髪、緑の目の男。

 アルトゥロは本来、こういう色なんだなと、セリムは、ぼんやりと思って見ていた。


「コルマール家のものとして、この地に留まるべきか」

 ここ最近、考えていた悩み事が耳に入ってきて、セリムは目を丸くした。


「セリ君の悩んでいること。違うかい?」


 セリムは、家庭環境が特殊だった自覚がある。

 そのため、ほとんど悩みを見抜かれたことがなかった。


 なので、まさか、出会ってまだ1ヶ月程度の人間に、悩みを見抜かれるとは思っていなかった。


 だが、アルトゥロの、被害者であるヤオ族の、本音が聞ける良い機会だ。

 彼らはセリムを慮って、何も言ってこない。それが余計に辛かった。


「恨んで……ないんですか。祖父のこと」

「そうだね、全く恨んでないと言ったら嘘になる」


 即答だった。

 まるで、質問されることまで見抜かれていた感じだ。


 セリムは抱いていた膝に、顔を埋めた。

 やはり、祖父は恨みを買っていた。しかも、それは、正当な恨みだ。

 本音が聞きたい、と言っておきながら、セリムは自分のことのように落ち込んだ。


「それでも、あれは僕らが望んだことでもあったから、その全てがシリル様のせいとは言い切れない」


 アルトゥロも、セリムと同じように膝を抱いて、おでこをつけた。


「シリル様は、プロジェクトの開始まで、僕らに『本当にいいのか?今なら引き返せる』と何度も聞いていたんだよ」


 セリムも、この島に来るまで、何度もノエルに同じことを言っていた。


 無意識に、祖父との共通点を見つけて、嬉しいと思ってしまった、そんな自分を叱咤した。


 彼は、もうセリムの憧れていた男ではない。そんな人間は幻想だったのだ。


「それでも、僕らは自分の暮らしを、自分たちの生きる場所を守れる力が欲しかった」


 まぁ、今はもう、ないんだけどね、と、アルトゥロは力なく笑った。


 焼き討ちにあったヤオ族の村は、住民のいなくなった放棄された土地として、停戦協定時に王国側に割譲されている。


「自分の能力以上のものを欲した、そのせいだとも言える」


 アルトゥロは、自業自得だよね〜と、軽い感じで自嘲すると、セリムの肩に手を置いた。

「そんな……」

 

 セリムは、そんなことない、と言おうとして、遮られた。


「そして、私はね、セリ君。君がシリル様の孫だとしても、その責任を負うべきとは、僕らはみんな、思っていないんだよ。だって、別の人間なんだから」


 いつだってセリムは、『シリル・コルマールの孫』で『コルマール侯爵の息子』として扱われてきた。


 だからなのか、シリルのことを、自分のことのように思っていたようだ。


「私達にとって、セリム・コルマールは恩人なんだ。それは忘れないで欲しい」


 アルトゥロは、セリムをきちんと『セリム・コルマール』として見てくれている。


 それは、アダリヤも同じだった。

 やはりふたりは親子だな、と感じた。




 セリムは恩人と言われて、気恥ずかしくなってしまい、話題を変えようと別の話を振った。


「そ、そういえば、アダリヤとアルトゥロさんは、あんまり似てないんですね」


 アダリヤは、褐色の肌に銀髪、赤い目をしている。

 アルトゥロは褐色の肌は同じとしても、黒髪で緑の目をしている。


 そう言われて、アルトゥロは、きょとんとしたあと、アッハッハと爽快に笑った。

 

「そりゃあ、そうだよ。リヤと私は血がつながってないからね」

 

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