第29話 オーク

「オーク……!」


 セリムはオークが存在することに驚いていた。

 なぜなら、オークは物語上の架空の生物だと言われていたからだ。


 セリムが驚いているのと同時に、オークも驚いていた。


「シ……リル……さ……ま」


 オークは、背を向けて逃げ出した。


「ま、待て!」


 おかしい。

 オークは、戦闘的と言われている。相手に背中を向けて逃走するなどありえない。


 それに、あのオークは、祖父の名前を知っていた。

 片言ではあったが、ハッキリと口にしていた。


 走って追いかけ続けると、通路の先は、行き止まりになっていた。


 しかし、オークは、行き止まりにぶつかると、光とともに突然姿を消した。


「セリム!下に何か書かれているわよ」


 あまりの焦りに、セリムはうさぎに名前を呼ばれたことに気が付かなかった。


「これは……何だ」


 地面には、色んな記号や模様の描かれた円が刻まれていた。


「あのオーク?ってやつは、これに乗って消えたのよ!」

「じゃあ、これに乗ったら追いかけられるな。うさぎ、行くよ」


 セリムは、うさぎと一緒に円の中に踏み出した。


 すると、地面に描かれた円は光を放ち、あっという間に、視界いっぱいに広がった。


 その時、セリムは脳がフワッとして、まるでスキルを多用したときのような感覚に陥った。


 脳の異常が治まり、目を開けると、新しい階に到着していた。


 あれが、新しい階に移動する為の、ダンジョンの仕掛けなのだろう。

 うさぎも、何事もなかったかのように、傍らに立っていた。


「あんた大丈夫?何か苦しそうな顔をしてたけど」

「大丈夫」


 1階は真っ暗闇であったが、この階は壁に灯りが埋め込まれていた。


 向こうから、ザッザッという足音が聞こえてきて、視線を向けると、10人ほどのオークがこちらへ歩いてきていた。


 先程のオークが仲間を呼んだのだろう。

 セリムは右手に持っていた剣を前に、ノエルが持たせてくれた鍋は盾のように構えた。


「シ……リルさ……ま……じゃ……な、い」

 先頭にいたオークは、セリムを確認すると、祖父シリルではないと片言で言った。


 だいたい、セリムは祖父シリルと髪色くらいしか似ているところはないのだ。


「祖父のことを知っているのか!」

「……ま……ごか」


 先頭にいたオークはそう答えると、後ろに控えているオークから、何かノートらしきものを受け取り、めくり始めた。


 セリムは違和感を感じていた。

 魔物には知性はない。

 物語のオークも知性は低いとされている。


 だが、あのノートをパラパラとめくる姿などは、知性を感じさせた。


「そうか……」


 セリムは、この違和感の正体に気づいた。


 このオークたちは、どちらかといえば、魔物というより、人間の動きに近いのだ。


 オークは、ノートを閉じると、床に滑らせるようにして、こちらへ投げてよこした。


「シ……リル、様、の……」


 ノートは変哲のない、だだの古びたノートに見える。


 だが、何か攻撃するようなものが仕込まれていないか、セリムは目の前で止まったノートを睨んだ。


 ノエルと違って、セリムのスキルは見ただけでは発動しない。


 触って確かめようと意を決したところに、うさぎから声をかけられた。


「触っても大丈夫よ。その帳面から瘴気は感じないわ」


 ノートをめくっている間に攻撃されてもいいように、剣を構えたまま、拾い上げた。


「多分、あいつらは、あたしには近づけないわ」


 うさぎが、試しにじりじりとオークに近づくと、同じ距離の分、後ろに下がっていった。


「何だかわからないけど、今のうちに読んじゃいなさいよ」

「ああ」


 うさきが防御してくれている間に、ノートをめくる。


 そこには、懐かしい祖父の几帳面な文字が記されていた。


 だが、その懐かしさは、その文字の内容でふっとんでしまった。



『合成獣プロジェクト』

 


 全世界で禁忌とされる、合成獣開発のプロジェクトについてだったのだ。




「合成獣……だと」


 焦ってページをめくる。詳細な内容は丸飛ばしだ。


 合成獣とは、魔物と魔物を組み合わせて、新しい魔物を作り出す行為だ。


 強い魔物と強い魔物を掛け合せていけば、世界を滅ぼすことができるほどの合成獣が生まれるだろう

 そして、それは軍事転用されることが目に見えている。


 それは、いつか、世界をも滅ぼすことだろう。


 だから、世界的に、倫理的にも、合成獣を作ることは禁止されている。


 ノートをめくり、読み進めたセリムは、顔色を失くした。


「人間と……キラーボア……の合成獣」


 彼らは、オークに似せて作られた、人間とキラーボアの合成獣だったのだ。


 

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