合成獣

第30話 合成獣プロジェクト


 合成獣プロジェクトの始まりは、ワイルドボアの改良から始まった。


 開始は今から10年前。セリムが『分解』のスキルを得た頃、ちょうど世の中は、第5次王国戦争真っ只中だった。


 もともと、ワイルドボアは臆病な個体が多いが、稀に戦闘能力の高い個体が現れる。


 祖父は戦闘能力が高いボアをかけ合わせ続け、キラーボアを開発したという。


 記録には、耳が尖っていること、牙が長いこと、突進能力がワイルドボアより平均より5割増しだったとある。


 そして、戦闘意欲が高く、死を恐れない。


 確かに、セリムが対峙したキラーボアは、死を恐れず、人間に向かってきていた。

 ノート記載の通りの魔物だった。


 そんな危ない魔物を、人の手で作り上げたのだ。


「キラーボアは、祖父が作り上げた魔物だなんて」


 祖父が作り上げた魔物に、襲われかけていたなんて、笑い話だ。


「シリル・コルマールは、魔法使いだったの?」


 うさぎが突然問いかけてきた。


「は?」

「瘴気の振りまく魔物に近づくことができるなんて、魔法使いくらいでしょ」


 確かに、普通の人間は瘴気に触れ続けると具合が悪くなったり、精神がおかしくなったりする。

 普通の人間のはずの祖父が、瘴気をばらまいている魔物を育てたりできるのだろうか。


 しかし、祖父と5年暮らしたセリムは、祖父が人間であることを知っている。

 魔法を使ったり、不思議な力を使っているのは見たことがない。


「お祖父様は人間だよ。魔法使いなんて、随分前に滅びた人種じゃないか」


 魔法使いは、遥か昔に存在し、建国前には滅ぼされたと、学校で教えられた。


「まぁ、協力者がいたとしても、このオークを生み出そうとしたのはシリル・コルマールで間違いない。あんたは、それに向き合う必要があるわ」


「うさぎ、お前は、このノートを……」

 読んだことがあるんじゃないか、そう言おうとしたところで、うさぎは被せてきた。


「続きを早く読みなさいよ。いつまで待たせるつもりなの」


 うさぎから視線を上げると、10人のオークたちがセリムを見つめていた。


 それは、コルマール家を断罪するかのような目に、セリムには写った。


ーーお祖父様、僕にこれを残して、どうして欲しいのですか……。



 セリムは、ノートを読み進めた。


 ノートの日付から、キラーボアが完成して以降、祖父はまとまった期間、この島を離れたようだ。


 戦時中なわけだから、戦場に駆り出されていたのだろう。


 そして、次にこの島に訪れたとき、連れてきたとされるのが、ヤオ族の青年たち。


「ヤオ族……」


 王国の近現代史、特に戦争に関しての歴史で有名な一族。


 一夜にして滅びたとされる、レンホルム辺境の民。


 その理由は、アイキオ側からの焼き討ちであったとされ、アイキオの非道さを伝えていた。


 だが、本当は、焼き討ちを隠れ蓑に、祖父が実験のために連れてきたのだ。


 その後のノートには、ひたすら、ヤオ族の青年たちを媒体とした、実験の手順と結果のみ書かれている。


 この実験は、協力者としてドクターデューという人物が関わったと書かれている。

 実際に人間とキラーボアを合成させたのは、このドクターデュー。


 セリムは、人間と魔物を合成させることができる人物が存在することに、戦慄を覚えた。


 同時に、そんな危ない人物と繋がりがあり、こんな倫理的に問題がある実験を指示する人間と、祖父が同一人物だとは思えなかった。


 だが、目の前の現実から目をそらしてはならない。


 セリムは震える手を叱咤して、ノートをめくり続けた。


 

 【肉体の強化】キラーボアの肉を分析し、同様の質に変化させる。

 方法は頭に手を置いて、脳の中心に対して、筋肉を増強させる物質を増やしていく。

 2年かけて、結果は失敗。

 理由は身体が耐えられない。筋トレを併用しながら、様子を見る。


 【戦闘能力の移植】キラーボアの死をも怖れない戦闘能力、気質の移植。

 方法は、頭に手を置いて、脳の前頭部を変質させる

 2年かけて、結果は失敗。

 理由は脳が拒絶する。拒絶しない方法を探す。


 【皮膚移植】切られても血が出にくいキラーボアの固い皮膚を直接移植。

 結果は一回で成功。


 【肉体の強化】と【戦闘能力の移植】は継続して行う予定だったようだが、最終的に、王国歴535年に断念。


 王国歴535年といえば、終戦の年だ。


 つまり、もう、合成獣は必要なくなった。

 そんな、自分勝手な理由だった。


「あなたたちは、ヤオの民なのですか」


 セリムを見つめていたオークたちは、頷いた。


「どうして……どうして、あなたたちは、祖父にいいようにされたのですか。抵抗もできたでしょう!」


 どうして、誰も祖父を止めてくれなかったのか。


「あんた、最後の方のページ、読んでみなさいよ」


 セリムが、オークたちに対して声を荒げていると、うさぎから声をかけられた。

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