第31話 シリル・コルマール


 うさぎに促されて、最終ページ近くを開くと、また違う記録が記されていた。


 これは、祖父の手記。研究記録とは分けて記していたようだ。


 その中でも、セリムの目を引いたのは、この一文だった。


『私は剣聖になど、なりたくなかった』


 セリムが持ちたくて願ったスキルを、祖父は欲しくはなかったと書いていた。


『貴重なスキルを持つ私を守るために、何人の戦友が命を落としていったことか。何が守護神だ。聞いて呆れる』


 剣聖のスキルを持つ人間を、人々は守護神と呼んでいた。

 


 このノートには、セリムが知らない祖父、シリル・コルマールがいた。



『私はもう、この国の民が、友人たちが、他所の土地で亡くなっていくのを見たくない。アルノー、モーリス、テオドール。お前たちはなぜ死なねばならなかったのか。私はお前たちをなぜ守ってやれなかったのか。お前たちを犠牲にしてまで守らねばならない国など必要なのか』


 祖父は常に、スキルを持つものは、持っているスキルを活用せねばならない、と言っていた。

 

 人々を守るための剣聖が、その貴重さゆえ、一番に守られる。その理不尽さに、祖父は耐えかねたのか。


 剣聖は負けやしないスキルも持っているというけれど、ひとりで勝てる人数は限界があるのかもしれない。

 ちなみに、祖父は部下を守るために、左目を失明していた。


 祖父は、剣聖としてあるには、優しすぎたのだ。

 父であれば、そんなことを思いはしないだろう。

 

 これ以上、国民を、戦友を失いたくない。

 しかし、その強い思いが、他国の民を犠牲にするという非道に走らせたのか。


525年4月20日

『悩める私のもとに、ある男が現れた。彼はドクターデューと名乗った。神か。偽名だろうが、彼の話は魅力的であった。死をも怖れぬ魔物のようなオークを傭兵として使えれば、私を守って死ぬものもいなくなるだろう』


 デュー。

 王国の古い言葉で『神』。

 自らを神と名乗るその人間は、祖父の心の闇に入り込んだようである。


『侯爵家の第三次王国戦争時に使用していた島がちょうどある。そこは地図には載せていないので、アイキオもすぐには気付けぬだろう』


 第三次王国戦争は100年ほど前の話。

 地図にない島は、軍事利用されていたようだ。


530年7月3日

『ワイルドボアの改良をドクターデューに任せきりにしてしまっていたが、私も志を共にする民を見つけた。ヤオの民だ。アイキオの焼き討ちに合い、住処をなくしたとのことだが、自分たちで住処を守りたい、強くなりたいという。丁度いい』


 セリムは驚いた。彼らは志願して、このプロジェクトに参加していたのだ。

 強くなりたい、自分で大切なものを守りたいと願って。


533年11月18日

『ドクターデューは、まるでディーべ教の神父のような力をお持ちだ。やはり、神の使いなのか』


 セリムは『方法は頭に手を置いて……』という方法に見覚えがあると感じていたが、スキルを授けられる時のディーべ教神父の動きと同じだったのだ。


534年10月30日

『うまくいかない日が続く。こうしている間にも、国民の血が流れ続けている』


 だんだんと祖父に焦りが見えてきた。暗礁に乗り上げてきたのかもしれない。


535年3月26日

『ドクターデューは、これ以上オークの改良はできないという。見た目こそは立派なオークだが、完璧ではない彼らをどうするべきか。こんな状態で戦場に送っても、無駄に命が散るだけだろう。私は彼らとの約束を守れるだろうか』


 ヤオ族の青年たちと、祖父はなにか約束をしていたようだ。

 その詳細については書かれておらず、口約束だったようである。

 口約束でも、真面目に果たそうとしているところは、セリムの知っている祖父と同じで、懐かしく感じた。


535年6月20日

『私が島を訪れた時には、ドクターデューが島を去っていた。私には、もう、どうすることもできない。無力である。いつか、彼らが日の目を見られるよう、後の者にに託すしかない』


535年8月15日

『この戦争は、なんだったのか』


 手記はその日を境に途切れていた。


ーー王国歴535年8月15日。

 この日、王国は終戦を迎えたのだった。


 手記を全て読み終えたセリムは、ノートから視線を上げた。

 

ーーお祖父様、この遺産に対して、僕に何を望まれるのですか……。


 僕を別邸に引き取ったのは、後始末をさせるためだったのですか。



 セリムが途方に暮れていると、その時、視界に溢れるほどの光が目に入ってきた。

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