第32話 再会

「リヤちゃん!待って!」

「は、離して!三編み!」


 後方にある印された円から光が溢れ、2人の人影があらわれた。


 それは、腕を掴まれて嫌がるアダリヤと、その細い腕を掴んでいるノエルだった。



 ノエルは前方から強い視線を感じ、横を見やると、セリムとうさぎが睨んでいた。


「ヒッ」


 その視線の凶悪さに驚いて、アダリヤの手を離してしまった。


「セリ!」

 その瞬間、放たれた矢のように、アダリヤはセリムに抱きついた。


「……アダリヤ、どうして来たの」

 セリムとしては、こんな何があるかわからない危険な場所に来てほしくなかった。

 それに、すべてを解決してから、報告したかった。


 アダリヤは、というと、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしていた。


 こういうときは、ハンカチで涙を拭いてやるのがスマートなんだろうなと、セリムは、場違いな感想を抱いた。


 ここまで、うさぎに導かれるままにやってきたが、よくよく考えると、リュックも何もなく、手持ちといえば、鍋と剣だけである。


 随分、セリムとしては無謀な選択であった。


「もう」

 アダリヤが、ひねり出すように声を出した。

 

「もうひとりぼっちになるのは嫌だよ」


 アダリヤは、親や仲間に置いていかれた過去があったことを思い出した。

 目が覚めたら、うさぎもセリムもいなかったのだ。不安にもなっただろう。


「……ごめん」


 ハンカチで涙は拭いてあげられないけど、涙も鼻水もシャツに染み込めばいいと、アダリヤを抱きしめた。



「い、い、と……ころで、申、し訳……な、いが……」


 一番先頭にいたオークが、声をかけてきたことで、ふたりは我に返った。


 意識してしまうと、突然恥ずかしくなり、バッと音がするほど素早く離れた。


 ふたりとも気まずく、お互いの顔を見れないので、セリムは壁、アダリヤは、オークの方を向いた。


 アダリヤの顔を確認したオークは、あまり動かない顔の皮膚を最大限に動かして、驚いていた。


「リ、ヤ……な……の、か」

「……もしかして、パパなの?」


 ここで聞くはずのない単語を耳にして、セリムはオークの方を向いた。


「え、リヤのお父さんなの」

「多分……リヤの名前、知ってるの、パパとパパの仲間だけだから」


 オークの表情は、ほとんど変わらなかったが、微笑んでいるように見えた。


「おお……き、く、な……たな」

 オークは手を広げた。

 

「パパ!」

 アダリヤも、オークに向かって駆け出した。


「リヤ、ダメよっ」

 傍らでノエルと話し込んでいたうさぎが、オークに向かっていくアダリヤを止めるが、間に合わなかった。


「っ、っ」

 アダリヤがオークに触れた瞬間、バチッと凄まじい音が響いて、アダリヤは弾かれた。


 オークも、アダリヤに触れられた胸部を押さえて、うずくまっている。


「パパ?!」


 再度、駆け寄ろうとしたアダリヤの前にうさぎが立ちふさがった。


「魔物に、あたしたちは近づけないでしょ」


 彼らは魔物と人間の合成獣。


 そして、魔物が近づいてこないのは、裏を返せば、自分たちも近寄れないということだ。


「そんな、パパ!」

 立ち上がろうとしたアダリヤの肩をセリムは支えるように抑えた。

 じゃないと、今にも飛び出していってしまいそうだった。


「選びなさい、セリム・コルマール」

 アダリヤの肩を支えるセリムに、うさぎは選択を迫った。


「『お祖父様』の意思を継いで、彼らを完成させるのか、背いて元に戻すのか」


 うさぎは、アダリヤを父親から引き離した、そして、悲しませた元凶であるシリル・コルマールを嫌っている。

 そのシリルを祖父に持ち、尊敬しているセリムのことも訝しんでいる。


 だからこそ、意地の悪い言い方で試しているのだ。


「セリ、パパたちを元に戻せるの?」


 アダリヤは、自分の父親を合成獣にしたのが、セリムの祖父だということを知らない。


 純粋に、元に戻せるのか聞いているのだということはわかっているが、セリムには、こう聞こえるのだ。


『シリル・コルマールの孫であるお前に、良心はあるのか』



 祖父シリルの手記にあった『日の目を見せてほしい』というのは、合成獣として完成させて欲しいということだったのかもしれない。


 それを期待して、セリムを自分のもとで育てたのかもしれない。


 だとしても、


ーーお祖父様、僕は、あなたの期待に応えられない。


「大丈夫だよ」

 セリムは横にいるアダリヤを安心させるように、頷いた。

 そして、退路を断つように、オークに向かって宣言したのだ。


「僕が、あなたたちを人間に戻してみせます」

 

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