第33話 長い1日

 その日から、セリムとノエルは、ダンジョンに泊まることになった。


「セリだけずるい!リヤもパパと一緒にここにいる!」


 アダリヤは、悲しいと雨が降り、怒っていると風が強くなる性質があるようだ。


 今は、ダンジョン周りのシダが、バサバサと音を立てて揺れている。


「アダリヤ、お互いに辛い思いをするから、ね。元に戻れば、一緒に暮らせるから」

 あの場面を見る限りにおいて、アダリヤの体質が、合成獣化された身体に何かしら影響を与えているのは間違いない。


 今、一緒にいても、お互い辛いばかりだ。


「そうよ、リヤ。セリムがちゃんと元に戻る方法を探すって言ってるんだから」

 うさぎは、加勢するふりをして、セリムに裏切るなと遠回しに念押ししてきた。


 言われなくても、そのつもりである。


 アダリヤは、後ろ髪を引かれるように、何度も振り返りながら帰って行った。



 なお、なぜふたりが泊まることになったかというと、祖父はノート以外に膨大な資料を残していたので、それを読み込むためである。


「普通のダンジョンなら、こういうところに、宝箱が置いてあるんだよな」


 ノエルは、部屋を見回した。

 ここは聞いたところによると、地下のようで、窓などはなく、どういう仕組みかわからないが、壁に埋められた灯りが部屋を照らしていた。

 入り口はひとつしかなく、そちらに視線を向けると、暗がりから2つの目が覗いていた。


「す、み……ませ、ん」

 ぬうっと入り口からヤオ族のひとりが籠を持って現れた。


「うわぁあああ」

 見た目はオークそのものの醜悪さなので、ノエルは驚いて叫んでしまった。


「ノエル、失礼だろ。えーと、あなたは……」

 醜悪さに少し慣れてきたセリムではあるが、彼らを見分けることは難しかった。


「ア、ルト……ロ」

「アルトロ……? あ、アルトゥロさんですか。アダリヤ……さんのお父上でしたっけ」


 アルトゥロは頷いた。


 合成獣化されたヤオ族の青年は10名で、祖父は几帳面に全員の名前を記していた。


 訪ねてきた彼は、アルトゥロといい、若き族長であった。

 つまり、アダリヤは族長の娘なのである。


「何かご用ですか」


 セリムは腹を括っていた。

 この合成獣化された人達を、人間に戻すと決めたのだ。

 ならば、対等に付き合っていくべきである。

 見た目は緑ががっているし、顔がボアに似ているので、異様ではあるが、話してみれば、普通の人たちである。


「これ……ど、ぞ」

 籠の中には、串に刺して焼いた肉が15本ほど入っていた。


「おいしそうですね」

 何の調味料かわからないが、黒っぽいタレがかかっており、スパイシーないい匂いがしている。

 ノエルは警戒しているようで『鑑定』を発動させている。

「セリム、これボアの肉だわ。これ、共食いになったりしねぇの?」

「ノエル。この人たちはボアに似てるけど、ボアじゃないから」

 アルトゥロは、口の端を少しだけ上げて、笑ってみせると、籠の一本を手に取って豪快にかぶりついた。


「「……」」

 食べられているのは、ボアの肉なのに、なにか怖さを感じた。


「お、い……しい、で、すよ。毒、な……い」


 目の前で、毒見をしてくれたようだ。


 対等に付き合うと決めたのだ。毒見までしてくれたものを食べないなんて失礼である。


 セリムは一本手に取ると、同じようにかぶりついた。


 口の中には、スパイシーな匂いからは想像できなかった甘辛いタレの味が広がった。


「これは、何の味……?」

 セリムはスキル『理解』を発動したが、分からなかった。


 ノエルもおいしそうな匂いに我慢できなかったのかかぶりつき、咀嚼しながら頷いている。

 『鑑定』でも分からないようだ。


「こ……こ、から、採れ……ちょ、みりょ」

「ダンジョン産の調味料?」

 食いついたのはノエルである。


「わ、れわれ、こ、のダ……ジン、踏……破し、た」

 アルトゥロは、地面を指して、このダンジョンを踏破したと教えてくれた。


「あんたたち、このダンジョン、踏破しちゃってるの??スゲー!」

 冒険好きのノエルは一気にテンションが上がってしまった。


 さっきまで、オークの姿を怖がっていたのに、慣れてきたのもあるだろうが、現金なものである。


「ほ……かのへ、や、仲……間い、る、見、せ……て、あげ、れ……る」

 アルトゥロは、この部屋の入り口を指さして、ノエルを誘導した。


「このダンジョン、見て回っていいの!?マジで!」

 アルトゥロは頷いた。


「わ、た、し名……前いえ、ば、部、屋、入り……放、題」

 アルトゥロは、入り口をさしていた指を二本に増やして、特典を教えていた。


「セリム、俺、探検してくるわ」

「ああ」

 楽しそうに肉の串を三本持って、ノエルは部屋を出ていった。


 踏破されているダンジョンは危険は確認されているらしいし、あちこちにヤオ族の仲間がいる。

 また、ノエル自体、危機察知能力が高い。

 安全面では問題ないだろう。


 さきほど、アダリヤたちを見送ったとき、外はまだ、陽が高かった。


 いろんなことがあったが、まだまだ今日という1日は長いのだ。


 資料を読み込むのは、ほとんどセリムの仕事なので、ノエルはダンジョンを満喫すればいい。


 そう考えていた時だった。


「さ、て、セリ……さ、ん」


 ノエルを見送ったアルトゥロが、こちらを振り返った。

 なぜか、顔には影が見えているような気がする。


「わ、たしの、むす……めと、は、ど……いう、か、んけ……で、すか?」


 好意を寄せている相手の父親と対峙するという、セリムの長い1日が始まった。


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