第34話 『理解』

「でさ、これもらったわけ!」

 ダンジョン探検を満喫したノエルは、壺に黄土色の調味料をもらって帰ってきた。


「野菜につけても旨いし、お湯でといたら、スープにもなるんだぜ」

「……」

「なぁ、聞いてる?」

「聞いてる。ダンジョン産の調味料の話」


 ダンジョンの中の部屋は、いろいろな環境になっていて、野菜や綿花を育てたり、酒や燻製を作ったり、織物を織ったりしているんだそうだ。


 ダンジョンにそういう機能が備わっていたからこそ、8年もの間、ここで生きてこれたのだろう。


 そして、アダリヤに間接的ではあるが、肉や服を渡して支えることができたのだ。


 なお、この部屋は、暑くも寒くもない。

 これも、壁の灯りと同様に、仕組みはわからないが、快適である。


 そんな快適な環境において、セリムは冷や汗をかいていた。


 なぜならば、好意を寄せている相手の父親ーーしかも見た目がオークーーに、アダリヤとの関係を尋問されていたからだ。


 きっと、時間にした15分くらいのことだったのであろうが、セリムには小1時間くらいに感じた。


 何せ、下心がなかったとはいえ、父親の前で娘さんを抱き締めていたわけだ。


 何を言っても言い訳にしか聞こえない。


 だが、セリムはできる限り、誠実に話したつもりだ。


 この島で出会って、一緒にご飯を食べたり、山菜採りしたりしている間に仲を深め、セリムの力を褒めてくれるような優しいたころに好意をもつようになったこと。


 アルトゥロは、うんうんと頷きながら聞いてくれたが、最終的には『セリムの片想い』みたいな流れになり、あながち間違いでもないので、セリムは心に大きなダメージを負った。


「が、がん、ば……て」


 アルトゥロは、セリムの肩をひとつ叩くと、震えながら部屋を出ていった。

 あれは、絶対、笑っていたに違いない。



「娘さんを僕にください、くらい言えばよかったのに〜」


 ノエルはノエルで、冷や汗をかいている顔面蒼白のセリムに投げかけたのは、そんなデリカシーの無い一言だった。


「どの口が言うんだよ……それ」


 いくら双方の合意があったとはいえ、セリムは加害者側の孫である。


 そんな男が、娘さんとお付き合いさせて欲しいなんて、口が裂けても言えなかった。


 せめてもの罪滅ぼしで、元の姿に戻すと約束したが、この資料が解読できなければ、そして、この資料にヒントがなければ、一気に詰んでしまう。


 幸い、祖父の家で暮らしていたときに、人体の仕組みについては、一通り『理解』している。


 問題は、ドクターデューが、どのように改造しているか、セリムに『理解』できるかだ。



 残っている資料をサラッと目を通してみると、ドクターデューは外側から何もしていない。


 頭に手を当て、祈るだけなのだ。


 ドクターデューが、仮に王国民だとして、何のスキルがあれば、ディーベ教の神父みたいなことができるのか。


「ディーベ教の神父って、何のスキルを持ってるんだろうな」

 ふと疑問に思ったことをつぶやくと、ノエルが2本きゅうりを持って近寄ってきた。

 そのきゅうりも、ダンジョンで育てているらしい。


「あー、神父は世襲制だから、スキル持ちなのかも不明だし、ものすごく口も固いな」


 ノエルは持っていたきゅうりを、壺に入った黄土色の調味料に浸けて、セリムに一本寄越してきた。

 嗅いだことのない匂いがしている。


「あれ、スキルじゃないのか」

「神父は神の使いだから、神の力だって言われてんなー」


 神の力。

 ドクターデュー(神)


「神の力をもってしないと、解決しないのかな」


 しょせん、外れスキル持ちのセリムには、荷が重すぎたのか。


 アダリヤのおかげか、今では、ちょっと自分に自信が持てていたセリムだが、急激にしぼんできた。


 人間に戻してみせる!なんて大見得を切ってしまったけれどーー


 セリムは、きゅうりを持ったまま、どんどん沈んでいった。

 そんなセリムを横目に、ノエルはきゅうりをパリパリと食べながら、聞いてきた。


「なぁ、セリムのスキルに『理解』ってあるじゃん」

「ああ」


「あれ、生きてる人間でできねぇの」


 人間を『理解』する。

 セリムは考えたことがなかった。


「は?」

「ほら、よく植物とかには使ってるし」

 確かに、樹液や蜜があるか、とか、毒がないか、は使ったことがある。

 

「いや、でも、植物と人間は違うでしょ」

「同じ生き物だろ」


 そう言われればそうなのだが、自分たちと同じ生き物、だと思って使ったことがなかった。


「だけど、どうやって使えば」

 セリムの『理解』は、セリムの手や耳、鼻対象に触れさせて発動させる。

 意識したことがないので、触れた先のものが、どのように感じているのかわからないのだ。

 

「俺でやってみろよ」

 ノエルは、食べかけのきゅうりで自分を指して、自分を使えという。


「え、でも、どうなるかわからないんだよ」


 怪我をするようなことはないかもしれないが、もしかすると、不快な感覚を与えるかもしれないのだ。


「俺は、お前を信じてるぜ、乳兄弟よ」


 セリムは、この優しい乳兄弟に感謝した。

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