第22話 デート

 セリムは困っていた。


 今日もうさぎの眷属に囲まれて、もふもふの中に寝ているのだが、全く眠れそうにない。


「おい、セリム。いくら明日リヤちゃんとデートだからって夜ふかしはよくないぞ」

「デ、デート?!」

 大きな声を出したせいで、セリムの周りの子うさぎたちは、バッと飛び退いた。


「ふたりでどっか行くんだろ」

「そ、そんなんじゃ」

「じゃあ、俺も行っていいのか」

「……」

「そうだろ。ならデートだ」



 ことの始まりは、セリムがアダリヤに渡したどんぐりのカラメリゼである。


 煮沸消毒した貝殻の入れ物に入れて渡したのだが、とても喜んでもらえたのだ。


「すごーい。宝石みたい!」


 そして、お礼として、アダリヤのとっておきの場所に、明日一緒に行こうと誘われたのだ。


 それもふたりきりである。

 わざわざ、ふたりきりで、とは、どういう意図があるのか。


 遠くからうさぎが睨みを効かせていたようだが、セリムは気づく余裕すらなかった。



 セリムにとって、今までは『明日』や『未来』など、不安と心配でしかなかった。


 明日は大丈夫だろうか。

 上手くいくだろうか。

 失敗しないだろうか。


 しかし、明日は、楽しみな明日なのである。


 何を話そうかな。

 秘密の場所はどんなところかな。

 笑ってくれるかな


 こんな楽しみな明日があることを、セリムは知ってしまったのだった。




「ごめんね、セリ」

 先を行くアダリヤが、心配そうにセリムを振り返った。

「いや、うさぎのいうこともわかるからね」


 セリムは、鍋を背負って、山道を歩いていた。


 今日はアダリヤとふたりで秘密の場所にデートの予定だった。

 なのに、どうしてこうなったのか。


 ことの始まりは、朝食後。

 うさぎがセリムたちに投げかけた言葉だった。


「あんたたち、ふたりで山に行くんでしょう」

 わざわざうさぎは木に登って、ふたりを見下ろしていた。


「えっ」

 アダリヤは、明らかに驚いた表情をしていた。


「山の方なの?」

「うん……リヤの秘密の場所、うさぎは知らないはずなのに……」

 

 うさぎは、わざわざアダリヤが秘密にしていることを暴いてみせた。

 自分は何もかもお見通しであると。


 うさぎはどういう意図だったのか、わからないが、アダリヤは、明らかに動揺している。

 ちょっとした悪意を感じたセリムはムカッとして、一歩、うさぎのいる木に近づいた。

 

 うさぎを軽く睨み上げると、顔をぷいと背けて、まくし立てるように言い放った。

 

「あんたたち、山の方に行くなら、ついでに夕飯の材料も採ってきなさいよね」

 うさぎは、セリムとアダリヤがデートするのを、いつもの山菜採りにすり替えたいようだ。


「えっ、うさぎちゃん、そんな……」

「あら、あたしが意地悪だっていうの?」

 

 しかも、意地悪しているということも、わかっている。


「わかった。夕飯の材料も採ってくるよ」


 うさぎは悔しいのだ。


 いつもいっしょにいる自分が教えてもらえないところに、まだ出会って3日程度のセリムが一緒に行くことが。


 セリムは、その気持ちがわかってしまった。

 わかってしまったがゆえに、強く出られなくなった。


「ふん。三編み、行くわよ」

「えっ、ちょっと、どこに行くの、待ってよ〜」

 うさぎは大きな鼻息を吐くと、ぴょんと木から飛び降りて、ノエルを伴って、どこかに行ってしまった。


「行こう。アダリヤ」

「うん……」


 このときセリムは知らなかった。


 このデートが、山の獣道を登っていくことに。


 


「セリ、頑張って!」

「ああ、ありがとう……」

 セリムは学園で、運動の成績はわりかし上位の部類だった。

 しかし、島の野生児アダリヤには勝てなかったようだ。


 木の根っこがボコボコとして、シダが鬱蒼と生えている獣道を大きな鍋を背負って登った。

 遅れは取ってしまったが、無様な姿は見せたくない、と必死についていった。

 

 そして、ふたりしか腰掛けられないような面積の、見晴らしのいい山頂に辿り着いたのだ。


 それは、セリムが幼き日に、祖父と山から見た景色を反対側から見たような景色であった。


「すごいでしょ?遠くに大きな島も見えるの!」

 アダリヤは、遠くに見える本土を島だという。


「アダリヤ、あれは本土だよ」

「ほんど?」

「たくさん人が住んでいて、お店や学校があるんだよ」

 アダリヤにわかるよう、簡単に言えば、そういう場所である。


 横にいるアダリヤの表情は何か決意したような表情だった。

 セリムもつられて、身が引き締まるような気持ちになった。


「リヤ、その本土?に、準備ができたら、引っ越すはずだったの」

「誰と?」

「パパと、パパの仲間」

「アダリヤ、この島にはお父さんと来たの?」

 セリムは、この非日常に浮かれていたのかもしれない。

 彼女に両親や家族がいないことを、なぜ不審に思わなかったのか。


「そう。でもね、ある日突然、いなくなっちゃったの、みんな」


 眼下の木々から、一斉に鳥が飛び立った。まるで、何かを察したかのように。


「この島は探したの……」

「探した!でも……どこにもいなかった」

 アダリヤは、そんなことは、当たり前だとばかりに、苛立ちを隠すことなく、セリムの問に、被せるように答えた。


「今も探してる。でもパパを探すの、うさぎが嫌がるの」

「何で……」

「いなくなった人のことを考えるなんてムダだって。忘れろっていうの」


 いくら、親代わりに育ててきたからといえ、実の親を探したいという女の子に対して、あのアダリヤ至上主義のようなうさぎが、そこまで意地の悪いことをいうのだろうか。


 それとも、うさぎは、アダリヤの父の行方を知っているのだろうか。


「島の外を知りたいっていうのも嫌がるの。島を出る方法なんてないんだって。それもムダなことだって」


 確かに、セリムたちがここに来るまでは、島を出る手段なんて、ほぼないに等しかっただろう。


 周りの木々が、葉をこすり合わせてざわざわと音をさせた。

 まるで、セリムの心の中を写したかのように。


「だから、ここで、島の外を見てるの、内緒にしてたの。うさぎ、悲しむから」


 そして、風にたなびき、ふたりの髪も揺れていた。


「ねえ、セリ。セリは、お休みが終わったら本土に戻るんだよね」

「ああ、そ、そうだね」


 この島に来てすぐくらいの頃、警戒されないように、そう説明したのを思い出した。

 あの頃は、アダリヤを、この島の原住民だと思っていたのだ。


「リヤも連れて行ってほしいの」

「え」


 ひときわ強い風が吹いて、目の前に木の葉が舞い散った。


「パパを探しに行きたいの」



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