第18話 なんちゃってパンチェッタ

 結局、水汲みは、セリムとノエルが交互に汲み上げて、バケツ2個と鍋ふたつにたっぷりの水を確保した。それを、アダリヤが『おまじない』することで、飲み水にした。


 ちなみに、一緒に来たうさきはというと、何か言ってくるんじゃないかと思ったのだが、あの後は、待つのに飽きたのか丸くなって眠っていた。

 


***


 洞穴に戻ってきたセリムは、肉の塩抜きをしていた。


 ノエルは呆然としたまま、起きたうさぎと一緒にポポンタを採取しに行ったので、今日の夕食は、この肉と合わせてポポンタ炒めにする予定である。



 アダリヤは、毒素のある水を飲んで平気だったわけではなく、自分で浄化して飲んでいた。


 魔人は、人型の魔物。つまり、瘴気という毒を撒き散らす存在である。

 毒素入りの水も、そのまま飲めると考えられる。


 アダリヤは、浄化してから飲んでいるので、魔人である線は薄くなった。


 だが、まだ安心はできない。

 変種の魔人だという可能性は否定できないのだ。

 キラーボアのように。



「スキル?」

 夕飯の準備をしているところに寄ってきたアダリヤに、セリムは尋ねてみた。

 あの『おまじない』は、ディーベ教で授かったスキルなのではないか、と考えついたのだ。


 瞳の色の変化や、スキル発動としては聞いたことのない、『おまじない』対象の発光など、ありえない点は多々ある。


 だが、自分の中の知識と照らし合わせて、一番納得がいくのは『おまじないはスキルの一種』という仮説だった。


「そう。アダリヤはディーべ教を知ってる?」

「知らない」

 頭を左右に振っているアダリヤを見たところ、本当に知らないようである。


「小さい頃、神父様に頭をなでてもらったことは?」

「ないよ」

 矢継ぎ早の質問に、アダリヤは気分を害したようで、プイッとセリムから顔を逸した。



「それより、それは何?おいしい?」

 しかし、セリムの塩抜きしている肉は気になるらしい。

 顔は向こうに向いているが、視線は肉に向いている。


「これは、キラーボアのパンチェッタだよ」

「パンチェッタ?」

 プイッと向こうに向いていたくせに、アダリヤは肉につられてこちらを向いた。


「キラーボア肉の塩漬けとでもいうのかな。西の大陸の保存料理らしい。昨日のキラーボア肉の脂肪が多めの部分に、塩をすり込んでから水分だけ『抽出』したんだ」

 なお、パンチェッタを燻すとベーコンになるのである。


「そうすると、どうなる?おいしくなる?」

「おいしくなるというよりは、長持ちするんだよ」

「長くおいしい?」

「まぁ、そういうことだね。でも、本当のパンチェッタは時間をかけて水分を抜いて熟成させるんだけど、これは僕のスキルで水分を強制的に抜いてるから、『なんちゃってパンチェッタ』かな」


 頭ひとつ低いアダリヤを見やると、こちらを向いて、固まっていた。

 セリムは、ちょっと調子に乗って喋りすぎたか、面倒なやつと思われたか、心配になった。


「お肉、長く、おいしいって、すごい。リヤ、いつもお肉腐らせてたから。セリは、すごい」


 すごいと褒められて、セリムは満足した自分に気がついた。


 学園にいたときも、すごいと言われることはあったが、こんな気持ちにはならなかった。

 どうせ侯爵家に取り入ろうとしている、そんなことしても、無駄なのに、とうがった見方をしていた。


 アダリヤは、侯爵家の恩恵を受けることはない。

 純粋に、色目なしに褒めてくれるのがこんなに嬉しいことだったのか。


 アダリヤは、セリムの、欲しい言葉をくれる。


「ねえ、セリ、リヤの『おまじない』どうだった?」

「すごかったね……」

 すご過ぎて、人間か疑わしいレベルであったが。


「あれは、とっておきで、本当に仲良くなった人にだけ見せなさいってパパが言ってたの」

「仲良く……」

「リヤはセリと仲良しだと思ってるから」


 ふたり、目が合うと、互いから目を逸らせなかった。


「セリも思ってくれてる?」

「……ああ。僕も」


 こんなに好意を見せてくれているーーセリムも好ましいと感じているーーアダリヤに対して、不安を感じるのは、彼女のことを知らないからだ。


 自分から知ろうとしていなかったからだと、気がついた。


「アダリヤ、君のことが知りたい。教えてくれるかい?」


 それに、もし、アダリヤが、祖父の残したものなのだとしたら、アダリヤのことを知ることで、セリムの当初の願いも達成される。


「いいよ!だから、さっき、あんなにリヤのこと聞いてきたんだ?ふふふ」


 セリムは、肉のことを忘れて、ニコニコとしているアダリヤを見ていた。


ーーもし、アダリヤが、人ならざるものであっても、祖父が残したものならば……、僕がこの島に隠しておけばいい。


 それで、彼女の笑顔が守れるなら、セリムは頑張れる気がしたのだ。


 考え込んでいたセリムの、真剣な表情を見ていたアダリヤは、パンと手のひらを打った。


「あ!セリ、心配しないで」

 アダリヤは、セリムの両手を握って、頭をこてんと、かしげた。


「もちろん、三編みとも仲良くするから! 」

「いや、それは、いいかな……」


 ノエルであっても、他の男の話は聞きたくなかった。

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