第19話 オークシロップ

「えっとね。リヤ、甘い食べ物好き!」

 塩抜きしたキラーボア肉のパンチェッタを刻んでいると、ずっとそばにいたアダリヤが、唐突に宣言した。


 見下ろすと赤い目がキラキラしている。


 夕飯を作っているのに、おやつの話をなぜするのか。


「何の話?」

「セリ、リヤのこと知りたいって言ったから」

「あ、そう……そうなんだね」


 そういえば、学園に通っていた時分、女性が好むのはドレスや宝石に、有名パティスリーのお菓子だと友人が言っていたのを思い出した。


 アダリヤは、世俗と離れているのに、こういうところは、どこにでもいる女の子と変わらないんだな、と安心した。


ーー甘いお菓子を食べたら、アダリヤはどんな顔をするのだろう。


 セリムは、ずっとわからなかった。


 学園に在学中、婚約者が女子部に通っている奴らは、休みに王都の有名パティスリーで菓子を買って、会いに行っていた。


 あんな太るだけの、本人のためにならないものを買ってプレゼントするなんて。自分なら本や文房具など、本人の役に立つものにするのに、と。


ーーこんな気持ちになるんなら、チョコレートでも持ってくればよかった。


 港町では、冒険者向けの保存食として、棒状のチョコレートが売っていた。

 だが、セリムは甘いものが好きではないので、買わなかった。小さい頃から祖父の方針で、あまり甘いものは食べてこなかったのもある。


 買っておいたなら、今すぐカバンから出して、渡せるのに。


 アルフォンスが御用聞きに来るまで、あと5日。

 やって来たら、情報に疎いセリムでも知っている、あのパティスリーの甘いお菓子を買ってきてもらおう。

 思わず笑みがこぼれたセリムであった。



 

「セリはその木が好きなの?」


 今日のセリムは、朝から森の中にいる。


 昨日の夜、眠る前に思いついたのだ。


 メープルシロップはメープルの樹液である。

 ならば、オークにも甘い樹液があるのでは。

 オークシロップである。


 森のあちこちを見て回り、樹液の染み出す木をみつけた。

 幹に耳を当てて、スキル『理解』を発動した。

 スキル『理解』は、手だけではなく、耳でも発動できるのだ。


 そして、豊富な樹液を確認したところに、後ろから声をかけられたのだ。


「いや、別に好きってわけじゃないけど」

「ひっついているから、好きなのかと思った」


 何も知らない人間から見たら、そう見えるらしい。

 しかし、好意を持っている相手に言われると、何だか誤解を解きたくなった。


「これは、樹液があるか確かめてるんだ」

「じゅえき?」

「甘い水があるか確認してるの」


ーー君のためにね……。

 口に出して言えないそんな思いを心のなかでつぶやいていると、セリムの顔を覗き込むようにアダリヤが回り込んできた。


「甘い?甘いって、花の蜜みたいなもの?」

「ああ、それに近いね」

「やっぱり!セリはすごい!」

 セリムは昨日のアダリヤを思い出した。


「もしかして、アダリヤが僕のあとをつけてきたのって、おいしいものが手に入ると思ったから?」

 アダリヤの頭の上に、ギクッという字が見えるような飛び上がり方だった。


ーー僕の気持ちと、アダリヤの気持ちは、同じじゃないよね。

 

「そんなことだろうと思ったけど」

 セリムは、いつも自分ばかり翻弄されているので、ちょっとした仕返しをしてやろうと、大げさにため息をついた。


「それだけではないよ!セリの側は安全だから!なぜか安心するの!」

 セリムは服の袖を引っ張りながら、焦って弁明を繰り返すアダリヤを見下ろした。


 ちょっと意地悪をしてしまったが、思わぬかわいい姿が見れてしまった。


「はいはい」

「本当だって!」

「はいはい」


 セリムとしたら、実はそんなこと、どちらでもいいのだけど。

 

「はい、今から樹液を集めるよ」

 セリムは樹液が染み出してきている部分に手をかざした。


 その染み出している部分から琥珀色の樹液がゆっくりと、浮き上がってきた。

 手を動かして、樹液を鍋に移す様をアダリヤは見つめていた。


 セリムはこの視線に見覚えがあった。


「舐めたらだめだよ」

「ダメか……」


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