第20話 どんぐりコーヒー


「セリム、お前、知ってたか……」


 セリムは、オークシロップを採集して、途中で出会ったアダリヤとブラブラしながら帰ってきた。

 ちなみに、アダリヤはうさぎをブラッシングするために自分の洞穴に帰ってしまった。


 急いですることもない、ということで、洞穴前で鍋に湯を沸かしていたセリムのところに、やってきたのは、しょんぼりしたノエルだった。


「うさぎちゃん、オスなんだぜ……」

「そうか」

 セリムとしては、うさぎがオスだろうがメスだろうが、どっちでもよかった。


「あんなにかわいいのに、オスなんて!」

 頭を抱えて悶絶しているノエルを横目に、セリムは平和だなと感じた。


「そうか」

「聞いてる?!」

 共感を得られなかったノエルは、セリムの顔をつかんで、ぐいっと自分の方を向かせた。


 セリムはずっと鍋の湯から目を離さず、答える。


「聞いてる。あのうさぎの口調と性別が矛盾しているという話だろ」

「ああっ!そうなんだけど!そうじゃなくて!」

「まあ、落ち着けよ」

 セリムは今いれたばかりのコーヒーを、巻き貝で作ったカップに入れて差し出した。


「コーヒーなんて持ってきてたのか?」

 コーヒーといえば、最近は平民にも広がってきたものの、貴族階級の飲み物というイメージである。


「どんぐりから作った」

 ほー、と言いながら、ノエルはどんぐりコーヒーに口をつけた。


「へぇ、変わった味だけど、コーヒーだな」


 うさぎたちがどんぐりの皮を剥いて食べているとき、セリムは実がコーヒー豆に似ていると思っていたのだ。


 コーヒーは祖父が愛飲していたので、別邸のシェフが焙煎しているのをよく見ていた。

 それを思い出しながら、スキル『分離』で水分を飛ばしながら、鍋で焙煎した。

 焙煎後はカラカラに乾燥した実を剣の柄で粉砕。


 お湯を沸かして、どんぐりの焙煎した粉を入れたら、スキル『抽出』で、どんぐりエキスをお湯に抽出すれば完成である。


 みるみる真っ黒になったお湯は、見た目は完璧なコーヒーであった。


 その見た目完璧なコーヒーを、ノエルは見つめていた。

 そして、少しすると、納得するように頷いた。


「なるほど、どんぐりだな。細かいどんぐりが見える」

「人の作ったものを鑑定するなよ……」

 


 セリムは、自分も巻き貝で作ったカップにコーヒーを入れて飲んだ。

 見た目は完璧なコーヒーだが、味は香ばしいお茶に近いと思った。


 そういえば、目の前の男は、珍しく甘党だったことを思い出した。

 それは、女の子とお菓子についてトークができるほどである。


「シロップ入れる?」

 そんな甘党のノエルのために、先程採ってきたオークシロップを勧めた。

 ノエルは真顔で首を横に振ると、こう、のたまった。


「いや、それはリヤちゃんに残しておけよ」

「なんで、そこにアダリヤが出てくるんだ」

 自分からアダリヤの話をするのは、冷静でいられるが、ノエルから不意打ちでされると、カァっとしてしまい、突っかかるような話し方になってしまった。


「おいおい、ムキになるなよ」

「別にムキになんか……」

 なってない、と言おうとしたところに、ノエルが会話を被せてきた。


「そんな頭がお花畑のセリムは忘れているだろうけど、あの子は……」

「僕はアダリヤが人間じゃなくても構わない」

 ノエルに仕返しするようにら会話を被せ返した。


「は?!」

「僕がこの島の中で守れば済む話だ」


 セリムはアダリヤを守ると決めたのだ。


 世の中には、人間であっても、セリムの味方は少ない。 

 侯爵家ほどの権威ある家が、長男を廃嫡しているのだ。

 それは、本人に欠陥がありますと言っているようなものだった。

 廃嫡された出来損ないの侯爵令息に対して、ある人は近寄らず、ある人は、見下し、ある人は利用しようとした。


 信頼できる人間なんて、祖父とノエルを除けば、学生時代のほんの一握りの友人、先生くらいだ。


 ならば、人間でなくても、信頼できるアダリヤを守ることに決めたのは、セリムの中で何も矛盾しなかったのだ。


「……お前、この数日で変わったな」

「意外か?」

「意外だけどな、こっちの方が俺は安心だ」


 ノエルは目を閉じて、どんぐりコーヒーをひと口飲むと、鼻から息を吐き出した。

 そして、コーヒーの水面を見つめて、独り言のようにつぶやいた。


「お前、ずっとピンと張った糸みたいな生き方してたからな」


 今の言葉を聞いて、もしかして、自分はノエルに心配をかけていたのだろうか、とセリムは気になった。

 いつだって、無鉄砲な行いが多い彼を、自分が心配ばかりしていると思っていたのだ。

 だけど、家庭の事情から人付き合いが不器用になってしまったセリムを、学園で助けてくれていたのは、いつもノエルであった。


「あのゆるふわ天然リヤちゃんが、お前を変えてくれたんなら、俺もあの子がなんだろうが構わん」

「ありがとう」

「でも、おっさんがお前をやっつけようとして送り込んだ美人局だったら容赦しねぇけどな」

 ノエルはハハハと、この重たい空気を変えるように笑った。


 ノエルの言う、おっさん、というのはセリムの父であるコルマール侯爵のことである。


 だいたい、父である、あの男は、そこまでセリムに対して興味はない。

 いつだって、セリムの後ろに、もう今は亡き、祖父シリルをみているのである。


 それに、あんな世間知らずの天然が美人局できるほど、世の中は甘くない。


「何にせよ、開拓したら、お前がこの島の主になるんだろ」


 父である、あの男は、開拓してこいとしか言わなかった。

 しかし、報告をしろとも言われていない。


 しょせん、あの男は、邪魔なセリムを追放したに過ぎないのだ。


「お前ならできるさ」



ーー僕は、人に、恵まれている。


 祖父のおかげで、生き延びることができた。

 ノエルのおかげで、学園生活を乗り越えてこれた。


 そう思っていた。

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