第12話 キラーボアと晩餐


「お前、僕らを試しただろう」

「まぁ、人聞きの悪いこと言うのねぇ」

 セリムの足元には、血抜きされたキラーボアが転がっていた。


 なぜかというと、アダリヤとうさぎが離れたあと、早々にキラーボアが現れたのだ。


「でも、あんたはさすがコルマールの孫ね。剣の技は流石だったわ」

 つまり、このうさぎはセリムとキラーボアが戦っているのを、どこかで助けもせずに見ていたのだ。

「お前、お祖父様を知っているのか」

 セリムとうさぎが、それこそ瘴気が漂うような雰囲気で対峙していると、ノエルはスイーッとどこかへ、きのこでも採りに行ってしまった。


 彼はこういう雰囲気を苦手とするし、セリムとしても余計なちゃちゃを入れられないし、何かあっても庇わなくて済むのでありがたかった。


「もう、うさぎもセリも喧嘩しないで!」


 しかし、ここにはセリムが把握しきれない人物が居たのだった。


 アダリヤである。


 それはもう、対峙している二人の間に仁王立ちになって、二人よりも憤慨している。


「うさぎは、セリに意地悪しないで」

「あたしは別に意地悪なんて」

 うさぎはバツが悪いのか、アダリヤから目を逸らした。


「でも、うさぎ、ここがキラーボアの縄張りって知ってたでしょ。だから、リヤはうさぎに残れって言ったのに」

「それは……リヤが危ないかもしれないじゃない」

「リヤはお守りがあるから、危なくないの、うさぎ知ってるでしょ!」

 女性同士特有のキャンキャンと喚くような言い合いである。


 一方のセリムは居心地が悪かった。自分が庇うことには慣れているが、目の前で誰かに庇われることなど初めてだからだ。

 どういう顔をしたらいいのかわからないし、手持ち無沙汰である。

 なんなら、うさぎがもう一度自分に食ってかかってくれないかとさえ思った。


「セリは、リヤと仲良しなんだから、仲良くして!じゃないと、うさぎのこと嫌いになるから!」

「き、嫌い……」

 うさぎは、つぶらな目を思いっきり開いて、この世の終わりのような顔をしていた。


「「仲良し」」

 セリムは、いつの間にか隣に戻ってきていたノエルとハモってしまった。

 ノエルの手には、鍋いっぱいのきのこが入っていた。


「くっ。同じ種族というだけで仲良くなるなんて……許せないわ……」

 負け惜しみのように言い募るうさぎを、アダリヤは一喝した。


「うさぎっ!」

「リヤが言うなら、仲良くしてもいいわ……よ」


 このうさぎは、アダリヤには嫌われたくないあまり、自分の信念を曲げることもあるようだ。


 セリムはと言うと、そんなにうさぎと仲良くしたいわけでもないが、かわいそうになってきたので、アダリヤが言うなら仲良くしようかな、と思うようになっていた。




 あかあかと燃える炎を囲み、セリム、ノエル、アダリヤとうさぎは夕食を囲んでいた。


「おいしい!この肉おいしい!」

 アダリヤがかぶりついているのは、キラーボアの香草焼きである。


 このキラーボアの香草焼きは、昼間に倒したキラーボアの肉にハーブと塩をまぶして焼いたものだ。


「そうだろう!セリムが作る料理はおいしいだろう!」

 ノエルがまるで自分の手柄のように自慢し始めるのを、アダリヤは賛同した。


「セリ天才!リヤ、毎日これ食べたい!」

 美味しく食べてくれるのは嬉しいが、この大絶賛にセリムは気恥ずかった。


「こ、こんなのでよければ、いつでも作るよ」

「本当?!」

 ノエルに褒められるのもむず痒いのに、おまけに女の子に褒められなれていないので、うつむいてアダリヤと目を合わせられない始末である。


 そして、隣でニコニコ、ニヨニヨしているノエルは鬱陶いこと、この上なかった。


「ちょっとアダリヤ、何餌付けされてんの」

 アダリヤとノエルの間で、味付けなしで焼いた肉と、新鮮なきのこをかじっていたうさぎが悪態をついてきた。


「えづけって何」

「騙されてるってことよ!」

「騙されてない、この肉、本物!」

 食べていた肉の塊を崇め奉るように捧げ持ち、アダリヤは叫んだ。


「あーらら、うさぎちゃん、リヤちゃんに論破されちゃったねー」

 ブーっと、うさぎはうさぎらしく不満げに鳴いた。


「今まで食事はどうしてたの」

「肉はうさぎが持ってきたのを焼いて食べてた」

 セリムが尋ねると、火打ち石を指さして、自分で焼いていたという。


「味付けは?」

「味付け?」

「血抜きは?」

「血抜き?」

 セリムは額に手を当てて、空を仰いだ。

 ーーこの子は、一刻も早く本土に送り届けなければならない。

 その思いを強くした。


「うさぎちゃん、狩りなんてできたの?」

「そこは秘密よ。でも、血抜きはしたものだったわ」

 うさぎの言いようは、まるで、用意されたものを持ってきていたかのようなものであった。


「味付けは教えなかったの?」

「あたしたちは味付けなんてものはしないの。素材の旨味を味わうのよ」

「物は言いようだねぇ」


 そうして、ひとしきり晩餐を楽しんだ三人と一頭は、住処となる洞穴に向かうのだった。

 

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