11:栞

「先生、これ、片付けていいんですか?」

 ネイトは辺り一面に散らばった本やら新聞やら雑誌やらを見渡して呆れた声を上げました。

 普段の先生は比較的綺麗好きな方なのですが、ものを調べ始めるとすぐにこうなってしまうのです。一気にいくつもの資料に目を通そうとする癖がそうさせている、らしいのですが、ネイトは先生ではないので先生の気持ちはさっぱりわかりません。

 床の上に胡坐をかいた先生は、後ろで縛った尻尾髪を揺らして「あぁー」という、はいともいいえともつかない返事を返したので、ネイトは勝手に片付けてよいと判断して、先生の目が届いていなさそうなところから片付けていくことにしました。

 足元に落ちていたのはネイトが所属する雑誌社、プラーンシール社が出している雑誌でした。表紙には女王国の鉄道網が完全復旧した旨が大々的に書かれていて、その時の記憶がまざまざと思い出されます。そう、あの時は社長から特別列車のチケットをもらって、先生と二人で海までの短い旅に出たのでした。

 もちろん、先生はそんなこと、すっかり忘れてしまっているのでしょうが……。

 わかりきっていることとはいえ、少しばかりの胸の痛みと共に雑誌を取り上げたとき、ひらりと何かが雑誌の間から落ちました。

 ――栞、でしょうか。

 首を傾げて床に落ちたそれを拾い上げてみれば、それは一枚の写真でした。手で顔を覆ってしまっていますが、そこに映っているのが先生であるのは見ればすぐにわかります。先生は写真が苦手で、上手く狙って撮らないとすぐにこうやって顔を隠してしまうのです。背景を見る限り、どうやら、特別列車に乗ったときの写真、のようです。

 ネイトはこんなところに写真を挟んだ覚えがなかったので、先生が挟んだものなのでしょう。

 ふと先生を振り返ります。先生は白髪交じりの金髪をがりがり掻きながらすっかり調べものに没頭していて、ネイトに見られていることにはさっぱり気づいていないようでしたが。

 ここにいる先生は、確かに特別列車の旅のことは覚えていないでしょう。しかし、自分が写った写真の背景からこれが雑誌の中に映し出された特別列車の内装であることに気づいて、自分がそこにいたのだと認識した――のかもしれません。その証拠として、自分の写真を一枚、挟んだ。先生なりの「記録」として。それを見るたびに、自分がそこにいたのだと、そういう時間を過ごしたことがあるのだと、理解するために。

 先生、と呼びかけようとしたけれど、不思議と声は出ませんでした。

 ネイトは少しだけ躊躇った後に、写真を雑誌に挟みなおしました。どこに入っていたのかはわからなかったので、とりあえず、特別列車についての記事の間に。

 そして、雑誌をそっと脇によけて、壁に視線を移します。

 壁には先生とネイトの筆跡によるメモがびっしりと貼られていて――、それと同じくらい、写真も一緒に貼られています。先生が忘れてしまう、けれど、確かにあった日々の記録として。

 いつしか壁一面だけでは足らなくなるであろう記録たちを前に、ネイトは少しだけ頬を膨らませて、それからメモを一つ、付け加えることにしました。

 

『出した本は忘れる前に元の場所に片付けること!』

 

(鈍鱗通りの作家と編集者)

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