16:編み込み
「ねえクライヴ、髪を編んでくれないかい?」
「断る。自分でやれ」
「クライヴ、頼むよ。なんだか上手く纏まらないんだよね、今日に限って」
ならば命令をすればよかろうに、とクライヴ・チェンバーズは思いながら溜息をつく。生まれながらにクライヴの主であるハロルド・マスデヴァリアは、櫛を手に困った顔を浮かべてクライヴを見下ろしている。
ハロルドが従者であるクライヴに命令らしい命令をしないのはいつものことで、だからクライヴもそっけない態度を取る。本来ならば首を切られてもおかしくないのだろうが、ハロルドは笑ってクライヴの態度を受け入れている。そういう男であることを、クライヴはよく知っている。
窓の外には雨が降っている。雨の降る日は特に髪が纏まらないのだと、ハロルドは常々ぼやいている。今日この日もそうで、少し癖の強い髪があちこちに跳ねてしまっている。
「……仕方ないな。ほら、櫛を貸せ」
「ありがとう」
ハロルドは手袋に覆われた手でそっと櫛を手渡す。主が手袋をするようになったのは、いつからだっただろうか。その利き手を使わなくなったのはいつからだっただろうか。はっきりと思い出せるその日のことを思いながら、櫛の感触を確かめる。
あの日、ハロルドは初めてクライヴに明確な「命令」を下した。
次にハロルドが命令を下すときは、……あまり考えたくない。
「ハロルド」
「何だい、クライヴ?」
ハロルドはいつもと何一つ変わらぬ調子で言葉を返してくる。あの日を超えても何一つ変わることのない声を思いながら。
「……雨が降っているな」
クライヴは、零れ落ちそうな感情をその一言で飲み下して、主の金髪に櫛を通す。
(次期王配と従者、自室にて)
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