26:寄り添う
ジーンがいつになく憔悴している、と、アーサーは思う。
それも当然というもので、ここしばらくの『原書教団』との連戦はアーサーにとっても嫌な戦いだった。何も帝国の戦乙女相手のような死闘を繰り広げたわけではない。むしろ女王国軍の一方的な戦いであったといえよう。
だが、相手はいくらこちらに敵わないとわかっていても、死ぬまで刃向かうことをやめてくれない。ほとんど抵抗らしい抵抗をしてこない相手を一方的に撃ち落とすという戦いは、もはや戦いではなく虐殺に近い。果たしてそんな戦いともいえない戦いを続けていて、憔悴しない方がおかしい。
その上『原書教団』そのものが――いや、これ以上は考えるのはやめよう。アーサーは思考を断ち切る。考えたところでどうしようもないことであったから。
それでも、ジーンは表向きはいつもと変わらずに背筋を伸ばして立っていた。その眼光の鋭さも普段から何一つ衰えることなく、それでいて、いたって穏やかにそこにあって。そういうところがジーンを霧航士たちのリーダーたらしめているといえた。
ただ、アーサーにはわかる。わかってしまう。
談話室のソファに腰掛けたジーンは、普段以上に寡黙で、その一方ですごい勢いで煙草を消費している。硝子の灰皿はもはや吸殻でいっぱいになっていて、けれど、それに気づいた様子もない。
ジーンの指先が、己の煙草の箱を探る。けれど、そこに望んだ一本がないことを悟って指を引っ込めかけたところで、アーサーはジーンに向かって己のシガレットケースを差し出す。
「吸います? オレのじゃ軽すぎるかもしれませんけど」
「ああ、ありがとう」
ジーンはふと我に返ったように苦笑して、アーサーの手にしたケースから一本、大切なものに触れるかのように、丁寧に煙草をつまみあげる。アーサーはそんなジーンの横に座って、そして自らの体重をジーンの身体に預けた。
「……アーサー?」
「無理しないでくださいよ、ジーン。オタクが崩れちゃ話にならねーです」
ジーンの身体は大きく、そして温かい。血が通った人間の温度をしている。そのことを確かめながら、アーサーは唇を尖らせる。本当は、何となくわかっているのだ。アーサーが何を言ったところで、ジーンは歩むのを止めはしない。己の決めたことを貫き通すだけなのだということを。
それでも、言わずにはいられないのだ。
「オタクが無理を通すくらいなら、オレを使ってくださいよ。遠慮なく」
「アーサー……」
「まあ……、それでオタクが楽になるならね。オレだって無駄な働きはしたくねーです」
ジーンは少しだけ笑って、それから言った。
「立場が反対になってしまったな。昔は、それを言うのは私の役目だった」
そうだ、昔もこうやって、二人で話していたことがある。その時は、ジーンの方が頑なだったアーサーに寄り添って、言ったのだ。「一人で抱え込むな」と。
「そんな昔の話よしてくださいよ。あの頃のオレは若かった、それだけです」
「そうだな。お互いに若かった」
今はどうなのだろう。あの頃と違うことはわかるけれど、だからといって何が変わったのかはわからないままでいて。
アーサーはジーンの存在を、身体に触れる感覚で確かめる。まだそこにいることを、変わらずそこにあることを、確かめる。
「とにかく、無茶はしねーでくださいよ。オタクのために、そして、オレのためにも。余計な心配するの、結構疲れるんですよ」
「ああ、そうだな。心しておくよ」
ジーンは煙草に火を点す。嗅ぎ慣れた香りが煙となって立ち上り……談話室を満たしていく。
(霧航士宿舎、談話室にて)
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