27:外套

「こんなところに篭ってる割には、随分いい服着てるわよね」

 迷宮の外では『怪盗カトレア』と呼ばれている彼女が、『ヤドリギ』の外套の裾を摘んで言う。

 確かにそうかもしれない、と『ヤドリギ』は思う。見た目はごくごく無骨なものだが、少量の水ならことごとく弾き、多少の擦れにも耐える優れものだ。『獣のはらわた』の中で過ごすためだけに作られた服ともいえる。

「本当は、襤褸でも構わないと言ったんだがな。実際、案内人をはじめる前までは、ありあわせの服を着ていた」

 ここ『獣のはらわた』で暮らさざるをえない者たちは皆等しく貧しく、日々着るものにも不便する。その異形ゆえにここから出ることも叶わない『ヤドリギ』も例外ではなく、それこそ襤褸を継ぎ合わせたような、服ともいえない服を着ていた時期もあったのだ。

 それが変わったのは、『ヤドリギ』が己から『獣のはらわた』を探索しはじめた頃の話だ。

「案内人を始めるためにはらわたの探索を始めたところ、周りから『一人だけ危険な思いをしてるんだから』と、色々と渡されてな。この外套もその一つだ」

 他にも『ヤドリギ』の足にぴったりの靴、たくさんのものが入る背負い袋、その他もろもろ。本来ならば望んでも手に入らないようなものを、『獣のはらわた』の上層に暮らす人々が『ヤドリギ』に手渡してきたのだった。

 そこに、周囲の『ヤドリギ』に対する後ろめたさのようなものを感じないわけではない。『ヤドリギ』が今の『ヤドリギ』になるまでには色々あって、その間に周囲の態度も大きく変わった。それこそ手のひらを返すように、と感じてもおかしくないほどに。

 ただ、『ヤドリギ』自身はいつ排斥されてもおかしくなかった自分を今の今まで――半ばなりゆきとはいえ――受け入れてくれた周囲に感謝こそすれ、恨みはしていない。多少のやりきれなさを覚えたことはあるが、それも過去の話だ。

「手に入れることも難しかっただろうに、俺にために用意してくれたことに心から感謝をしている。……そして、彼らに報いるためにも、俺は俺の仕事をしている」

『ヤドリギ』の仕事は『獣のはらわた』の案内人。そのためには前人未到の迷宮たる『獣のはらわた』のことをできる限り知っている必要があり、その結果として得た知識で『獣のはらわた』に暮らさざるを得なくなった人々を助けることもある。そういう形でしか報いることができないことをもどかしく思うこともあれど、今の自分にできる精一杯をしている、とは思っている。

 けれど、彼女にとって『ヤドリギ』の思いは正直どうでもいいことであったのだろう、「ふうん」とだけ言って、彼女の興味は別の場所に移ったようだった。そして、それでよいと『ヤドリギ』も思う。彼女と『ヤドリギ』の間の会話というのは、いつだってそんなものであったから。

 

(地下迷宮『獣のはらわた』にて)

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