20:地球産
「そういやさ、『エアリエル』ってどうして『エアリエル』って名前なんだ?」
ゲイルが唐突に言った。
オズは一瞬面食らって目を丸くしたが、すぐにゲイルの言葉の意図を飲み込んで、口を開く。
「何でも、アニタの祖父――翅翼艇八隻を設計したウィリアム・シェイクスピア博士が設計図にそう書き記していたそうだ。一体どういう命名法則なのかは誰も知らない。もちろん、アニタもだ」
そう、オズも疑問に思ったことがあるのだ。
シェイクスピア博士によって設計された正規番号の翅翼艇八隻――『ハムレット』、『オセロー』、『マクベス』、『キング・リア』、『エアリエル』、『ロビン・グッドフェロー』、『ティターニア』、『オベロン』。これらがどうしてそう呼ばれているのか。
しかし、名づけた張本人であるシェイクスピア博士は既に亡き人であり、その命名の意図を知ることはできないのだ、とアニタ・シェイクスピアは言って肩を竦めたものだった。
「へえ。何か変わった名前だなとは思ってたけど、理由はわかんねーのか……」
「シェイクスピア博士自身、不思議な人であったとは聞いているよ」
当時の技術では到底実現不可能であった翅翼艇を設計してみせたこともそうであるし――現在も『ティターニア』と『オベロン』は設計図だけが存在しており、未だ実現はしていない――、時には少し先の未来を見通したようなことを言うこともある。かと思えば、妄想としか思えないようなことを口にして周囲に呆れられることもあったという。
シェイクスピア博士を知るアニタは「とにかく変なお爺ちゃんだったよ」と笑ってみせたけれど――。
オズの説明をふんふん言いながら聞いていたゲイルは、オズの言葉が止まったところで、こう言った。
「何かそれ、お前みたいじゃねーか」
「俺?」
「だってお前も少し先の未来くらいなら計算できるだろ」
「あれは、『虚空書庫』の助けがあって初めてできることだ」
オズが生まれ持った能力『虚空書庫』。女神の書庫を覗くかのごとく、この世界の事象全てを「知る」ことができる――理論上はそう思われる、不思議な力。理論上、というのは、あくまでそれが机上の空論であり、オズには不可能だということを示している。人間の魂魄は、莫大な知識に耐えられるようにはできていないから。
オズが操る限定的な未来視は、そんな『虚空書庫』の能力を少しだけ借りて行うものだ。現在の事象から、起こりうる未来を演算する。あくまでそれは計算であり、実際に未来が見えているわけではない、のだが――。
「それに、お前の『空の夢』だって、妄想のようなもんだろ」
「それは――」
思わずむっとして言い返そうとするオズに対して、ゲイルは「すまんすまん」と笑って手を振る。
「もちろん、俺様は妄想だなんて思ってねーけどさ。周りから見たらそう見えるってこと」
それは、否定できない。オズが常日頃から見ている、青い――時には色を変える、空の夢。あるかどうかもわからない魄霧の天蓋の「向こう側」の夢なんて、確かに妄想もいいところだといえよう。
「だから、何となくお前みたいだなって思ったんだよ。……案外、そのシェイクスピア博士ってのも『虚空書庫』を覗いてたのかもな」
「それは……」
あり得る話、かもしれない。
オズは自分以外の『虚空書庫』の使い手を知らない。そもそも『虚空書庫』という名前もその性質からアニタが名づけたもので、正式な名称があるかどうかもわからない。ただ、オズがその使い手である以上、他にも同じような能力を持っている人間がいたところでそうおかしな話ではない。
「そうだ、『虚空書庫』に聞いてみろよ。翅翼艇の名前の由来、案外『虚空書庫』なら知ってんじゃねーか? 何でも知ってんだろ、あれ」
「嫌だよ。そんなことのために寿命削ってたまるか」
「はは、だよな。冗談冗談」
ゲイルはあっけらかんと言ってのける。
オズはやれやれと首を振って、それから目の前で物言わず翅を休める『エアリエル』を見やる。
――それは。戯曲『あらし』に登場する妖精の名前である。
響く頭痛と、『虚空書庫』の聞いてもいない要求に対する応答。
結局、それだけでは何もわからなくて、オズは紫水晶の目を細めるのであった。
(第五番翅翼艇格納庫にて)
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