27:銀の実

「やあやあ、お嬢さん以外のお客様とは珍しい」

 のっぺらとした影……、のように見える何者かが言う。どこに口があるのかもわからないけれど、賑やかな音楽に紛れることもない、よく響く声で。

「この遊園地は楽しんでくれていますかな」

 その問いかけには、すぐには答えられなかった。

 どこともわからない遊園地。夢幻遊園地、という名前だったか。いつの間にか手にしていたチケットに導かれるままに足を踏み入れて――、そして、今はたった一人、途方にくれていると言っていい。

 巨大な回転木馬に木組みの線路を高速で走っていく車、遥かな高みにまで届く観覧車。私も遠目に見たことがあるだけのそれらが、夜霧の中にきらきらと輝いている。ただ、そのどれもが「私のためのものではない」と感じられて、触れることもなく遠巻きに眺めていることしかできずにいた。

 そんな私の戸惑いを見透かしたのか、影にしか見えないその人は、屋台に据えられた箱から何かを取り出しながら言う。

「いいんですよ、好きに振舞えば。ここは夢幻の世界。誰もあなたを拒みはしません」

「……私は……」

「まあ、これでも食べてゆっくりしてくださいよ。まだまだ夜は長いんですから」

 影に押し付けられるように手渡されたのは、紙の袋に入った何かで。恐る恐る中を覗き込んでみれば、辺りの明かりを受けてきらきら光る、銀色の実のような何かがいっぱいに詰められていた。

「これは、何だい?」

「    です。一口食べてみてくださいよ」

 何なのか、という問いかけをしたというのに、結局何なのかを聞き取ることはできなかった。ただ、食べ物であるらしい、ということがわかっただけで。

 何かもわからないものを口に含むのは少しばかり躊躇われたけれど、よく考えてみれば、それで何が起こったとしても、私自身を含めた誰も困りはしないのだと気づいて、ひとつ、銀の実をつまみあげて口に含む。

 ……どのような味なのか、言葉にはできそうになかった。美味しいかどうかも、よくわからない。ただ、歯で噛み締めた途端に、口の中で小さな火花がぱちぱちとはぜるような、不可思議な食感が伝わってきた。

「どうです、面白いでしょう」

「確かに、面白いね」

 二つ目、今度は火花のように弾ける感覚ではなく、噛み締めるたびに何かがふわりと広がってはほろほろ溶けていくような感触。見た目は同じように見えて、何一つ同じ食感のものはないのかもしれなかった。

 しかし、渡されるままに手にとって、中身を口に含んでしまったけれど。ふと、大切なことを忘れていた事に気づいた。

「そういえば、お代は」

 言いかけて、口を噤む。

 いつの間にか、つい一瞬前まで言葉を交わしていたはずの影も、銀の実を積んだ屋台も、跡形もなく消え去っていて。ただ、きらきらと光る霧払いの灯だけが私を照らしていた。

 仕方なく、銀の実を口の中に放り込みながら、歩き出す。

 ――夜は、まだまだ、長い。

 

(夢幻遊園地)

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