26:にじむ

 折れた切っ先が肩を掠めたのだという。

 ランディ――ランドルフ・ケネットは、苦々しさを噛み締めながら包帯を巻かれた左の肩を右手で押さえる。微かに、血が滲んでいるのがわかる。

「すまん、ランディ」

 前に立つクライヴ・チェンバーズも珍しく素直に頭を下げてきた。だからこそ余計に情けない気分になって、ランディは首を横に振る。

「謝らないでくれ」

 普段から手にしていた剣のことを何も理解していなかった。クライヴと数合打ち合っただけで折れてしまうような状態を放置していた、という点だけ見てもランディの怠慢であるし、それ以上に。

「そうだ、これは我を忘れた俺が悪い」

 剣の違和感に気づいていなかったと言ったら嘘になる。そこで退けばよかったのだ。けれど、頭に血が上ってしまっていた。わかっていたことを、わかっていた、と言いたくないがために一歩を踏み込んでしまった。

 その結果が、これだ。

「しばらくは安静にしていろとのことだよ。僕としても、無理はしてほしくない」

 医務室まで付き合っていたハロルド・マスデヴァリアがランディの顔を覗き込んでくる。その澄んだ青い瞳がこちらの奥底まで見透かしているようで、思わず視線を逸らしてしまう。

「しかし、二人ともらしくないね。何があったんだい?」

 そう、ハロルドはそもそもの発端を知らないのだった。ランディはちらりとクライヴに視線をやるが、クライヴはいつも通り必要以上のことを語ろうとせず、ただ「手が滑った」とだけ言った。

 これはつまり自分が喋らなければならないらしい、とランディは深々と息をつく。実際のところ、これは自分が喋るべきことなのだ。何せ発端を作ったのは自分なのだから。

「俺がクライヴに手合わせを頼んだんだ」

「ランディが?」

「……クライヴの剣捌きを一度でいいから見てみたかった。そのために無理を言って付き合ってもらったんだ」

 クライヴはもちろん嫌な顔をした。その理由もランディにはわかる。

 クライヴ・チェンバーズはハロルド・マスデヴァリアの従者となるべくして育てられていて、その技術の全てはハロルド一人のために振るわれるべきものだ。誰かに見せるためのものではないし、できる限り見せるべきものではない。

 それでも無理が通ったのは、前々からこっそりクライヴに打診を続けていたからだ。ついに根負けしたらしいクライヴが「一回だけ」という条件で手合わせを約束したのが今日だったのだ。

「舞い上がっていたし、……それ以上に、負けたくないと思ってしまった」

 頭ではわかっていたのだ。趣味の延長線上で剣を学んでいただけの自分と、主の身を守るためにありとあらゆる技術を叩き込まれたクライヴとでは雲泥の差があるということも。その差は漫然と訓練しているだけで埋まるようなものでないということも。

 それでも、一度剣を構えれば浮かび上がってくるのは「負けたくない」という思いだ。剣を打ち合わせた時点で圧倒的な力量差に気づいていても、気づいているからこそ、その先を見たいという衝動が己を突き動かすのだ。

 ……それで、我を失った結果がこれなわけだが。

「何というか、そこは君らしいと思うよ、ランディ」

 ハロルドの声には多分に呆れが含まれていたし、呆れられて当然だとも思う。ランディは深々と溜息をついて顔を上げる。

「とにかく、クライヴのことは責めないでほしい。無理を言ったのは俺だし、判断を誤ったのも俺の方だ」

「ランディがそう言うならそういうことにしておくけどね。……とにかく、君はまずゆっくり休むことだ。立てるかい?」

「問題はない」

 傷口は痛んでいるけれど、このくらいならば耐えられる。どちらかといえば、判断を誤った己への情けなさの方が堪えて、面に隠し切れない苦々しさを滲ませるのであった。

 

(学園にて、いつかの三人)

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