30:塔
出るときにはあれだけ晴れていたにもかかわらず、いつの間にか車の屋根を雨が叩き始めていた。霧明かりは弱まり、車の前方に取り付けられた霧払いの灯は薄暗い世界を照らしている。
――『雨の塔』が、近い。
車の後部座席に座った彼は、近づきつつある塔と、そこにいるはずの友のことを思う。
今、車が向かっている『雨の塔』は、監獄である。特に重大な罪を犯した者が送られるという、女王からも見捨てられた不毛の土地。そこは常に雨が降り続いており、女王から見捨てられた証拠とばかりに、草木の一つも生えないのだという。
実際に何度かその土地を目にした彼は、その不可解さに首をかしげたものだったが、友はいたって呑気なもので、「そういうものなのだろう」と一人で勝手に合点していた。もしくは単に興味が無かったのかもしれない。
そう、興味がなかったのだ、きっと。
今や『雨の塔』の囚人の一人となった友は、しかし、彼が見る限り何一つ変わった様子がなかった。反省がないというわけではない。友は自らのしてきたことを悔いる様子を見せてはいたから。ただ、その上で彼の目から見る限り、友の表情や物語る姿に変化は見られなかった。これだけ、自らの環境が変わったにもかかわらず。
要するに、興味がないのだ、自らをとりまく何もかも、何もかもに。
どれだけ周囲が言葉と心を尽くしても、友には届いていないのかもしれない。罪を悔いることはあっても、それを本当の意味で「理解する」ことはないのかもしれない。
――生かしておく理由があるのか?
何人もが、彼が友に対して下した決断に異を唱えた。息の根を止めるべきだ、それだけのことをしたのだと言う者たちが大多数だった。そう言われることも当然だと彼は思う。まさしく、「それだけのことをした」のだ。友は。
それでも、彼は友に生きていてほしいと望んだ。むしろ、強く「生きろ」と命じた。
理解していないまま、終わらせるわけにはいかなかった。己の罪の在り処を理解して、罰をそれとして受け入れて。そうするまで、「楽にはさせられない」と思ったのだ。
かくして、友は今『雨の塔』にいる。きっと、今日もいつも通りに過ごしている。
少しだけ。ほんの少しだけ、変わったことといえば。
『近頃、少しだけ、変わったことがあったのだ』
――という、友からの手紙が懐に収まっていることを確かめる。
それは、囚人である友のもとを訪れた、一人の少女の話。今や誰も触れようとしなくなった友に自ら会うことを望み、そしてその力を欲した少女の話。
『今の私がこれを言うのは、不謹慎かもしれない。けれど、私の力を必要としてくれる人がいるというのは、なんとも不思議な心持ちであった』
そして。
『それは快いと言ってもよかったのだと、思う。私にそう言うことが、許されるかどうかはわからないけれど』
少しでも、凍りついた友の心を動かしたらしい、少女の話。
『そう、私は、嬉しかったのだ』
彼は窓の外を見る。雨に煙る風景に、ぼんやりと背の高い建物が見えてくる。
――『雨の塔』。
雨に閉ざされた世界に生きる友が、本当の意味で全てを受け止めるその時まで。
彼も諦めはしないと決めたのだ。
花季の始めに雪が溶けるような、ゆっくりとした変化であろうとも。友が今からでも変わっていくことができるなら――。そんなささやかな望みを胸に、彼は『雨の塔』を見上げるのだ。
(監獄塔『雨の塔』への道すがら)
霧世界余録 青波零也 @aonami
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