29:白昼夢
きっと運命なのだ、とトレヴァーは思っている。
何がといえば、己が霧航士であることだ。
そもそも、トレヴァーが霧航士を「志した」というのは正しくない。トレヴァーの意志はそこには介在せず、今までの選択全てがそうであるように、当然のごとく自分以外の誰かの意図で「トレヴァー・トラヴァース」は霧航士候補生になった。
その時には本当に何も感じてなどいなかったのだ。これからの自分に霧航士という立場が必要だから、霧航士になる。ただそれだけ。
霧航士としての最低限の才能があったのは僥倖で、それ以上に必要となる能力は必要となるだけ身に着けてきた。当時、オズやジーンは「何故そんなに頑張れるのか」というような意味の問いかけを投げかけてきたものだったが、答えは簡単、「必要とされているから」以上の何でもなかった。
そう、そのはずだったのだ。ずっと変わることなどないと思っていた。必要とされることを必要なだけやる。そういう日々が続くのだとばかり、思っていた。
――『ロビン・グッドフェロー』に、出会うまでは。
それまでも、訓練用の翅翼艇に乗ったときに、わずかな違和感を覚えてはいたのだ。同期であるゲイルの飛び方にちりちりとした何らかの感情を覚えて、けれどその感情に名前をつけることができずにいた。
それが、己の翅翼艇を得るにいたって、明確な形になってトレヴァーの前に立ち現れたのだった。
「ゲイルは底抜けの『飛び狂い』ですが、オタクはちょっと違いますよね」
そうトレヴァーを称したのはアーサーだった。あの男はゲイルと同じく『飛び狂い』と並び称されることになったトレヴァーに対して、半眼でそう言ってみせたのだ。周りはどうにも見る目がないのだと言いながら。
「どうしようもない何かを振り切るために翅翼艇に乗っている。そんな気がするんですよ。オタクの柄じゃないがむしゃらさがどこから来ているのか、オレにはわからねーですけどね。別にわかりたくもないですし」
ああ、ああ、よく見ている。トレヴァーは目を細めながら、内心で舌を巻いたものだった。
そうだ。翅翼艇に溶けて一体となる感覚を覚えてしまって。翅翼艇の中にいる間だけ、ただのトレヴァーでいられるということに気づいてしまった。誰の意図でもなく、自分の意志で船を駆り、自分の意志で眩しいもの――誰よりも早く、誰よりも高く飛ぶあの男の影を追いかける。
それを「柄じゃないがむしゃらさ」と称したアーサーは本当によく見ていると思う。翅翼艇に乗っているときのトレヴァーは、めちゃくちゃで、向こう見ずで、それがどのような結果をもたらすのかなんて考えやしない。本来の自分にはあり得ない有様だ、と苦笑の一つもしたくなる。
だが、それがトレヴァーという霧航士だ。どこかちぐはぐな魂魄を抱えて、翅翼艇の中でだけ、『ロビン・グッドフェロー』と一つになっているときにだけ、全てのしがらみから逃れて本当に愛するものを追いかけられる、そんな霧航士。
――それが、白昼の夢のごとしとわかっていても。
今日もトレヴァー・トラヴァースは、高らかに声を上げるのだ。
「ねえ、ゲイル! ボクにもっと君の飛び方を見せてよ!」
(他愛もない日々の回想)
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